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「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」トップ > 温泉天国・鹿児島温泉紹介!(フレーム枠内メニュー画面) > 鹿児島県観光案内 ・ 北薩・中薩地域 > 薩摩川内市(さつませんだいし) > 可愛山陵

可愛山陵

  

可愛山陵訪問記

「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」トップ > 温泉天国・鹿児島温泉紹介!(フレーム枠内メニュー画面) > 鹿児島県観光案内 ・ 北薩・中薩地域 ・ 薩摩川内市(さつませんだいし)の可愛山陵を訪れた訪問記録)




観光地名  :  可愛山陵
(えのさんりょう)

電話番号  :  0996-23-5111(薩摩川内市役所観光課)
住所
(リンク先は地図)

 :  鹿児島県薩摩川内市宮内町

地図
(powered by Google Map
 : 


訪問日  :  2009年2月14日

関連スポット  :  新田神社

HP  :  可愛山陵
(リンク先は薩摩川内市HP ・ 観光ガイドのサブ・コンテンツで公式WEBサイト(URLは2009年7月参照時のもの)。)

可愛山陵
(リンク先は楽天トラベル(旧・旅の窓口) ・ 旅コミ(クチコミ) ・ 鹿児島県 ・ 旅コミ(指宿・出水・川内・枕崎)(口コミ)のサブ・コンテンツ。)

(その他、 鹿児島県公式観光ガイド「ゆっくり・悠・遊・観光かごしま」でも新田神社(可愛山稜)として、 アット・ニフティ@nifty ・ @nifty地図 地域ガイドでも可愛山陵として、 じゃらんnetでも可愛山陵として、 全国旅そうだんでも可愛山陵(エノサンリョウ)として、 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも可愛山陵(えのやまのみささぎ)として、 鹿児島大学リポジトリでも日隈正守「『神代三陵志』可愛山陵項所収『新田神社文書』に関する一考察」(『鹿児島大学教育学部研究紀要. 人文・社会科学編』,Vol.55,2004)p.17 -30として、 日向三代を行く 神代三代 九州 旅でも可愛山陵(えのやまのみささぎ)として、 かごしま知的散策マップでも可愛山陵として、 FROM YAMATO ・ 巨大古墳 見てある記でも可愛山陵として、 ふるさと薩摩川内でも可愛山稜として、 古代文化研究所(ブログ)でも可愛山陵参拝記(1)として、 ありがたやのミステリーツアー(blog)でも1週間遅れの可愛山陵として、 日本一周の旅 (blog)でも[446] 日本周遊紀行(141)川内 「神代三代」の中で、 潮風の街(汽水域の街)(blog)でも新田神社と可愛山陵 として、 山口おさむの「あるく、みる、きく」(blog)でも新田神社と可愛山陵として、 鹿児島のパワースポット探訪(blog)でも可愛山陵(川内市)として、 ヴォアラ旨焙珈琲研究所(blog)でもNatsuで活動中!よろしく!として、 つるの一声(blog)でもヘリコプター乗りましたの中で、 少年時代(blog)でも可愛山陵(えのさんりょう)、新田神社として、 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)については、 愛国心を育てる名言(blog)でも天照大神は、おんまごニニギノミコト… 尋常小學修身書 第四學年兒童用>>として、 池田宏美 ブログ(blog)でも鹿児島への彷徨-18の中で 泣こよかひっ跳べ!(blog)でも神代三山陵の中で、 本を見て森を見ず(ブログ)でも『御陵謹拝記念 上』の中で、 DI★ction★ARY(ブログ)でも日本神話の神々の系譜の中で、 風来坊の日誌(ブログ)でも鹿児島旅行(2日目)の中で紹介されています。)

交通案内
アクセス
 : 
交通案内,アクセス
鹿児島県への行き方(2009年3月現在)
鉄道 JR九州 ・ 鹿児島支社
・   九州新幹線
・   特急「きりしま」
日豊本線 : 宮崎市−(都城経由−「霧島温泉への拠点駅・霧島神宮駅」経由)−鹿児島市 ・ 鹿児島中央駅
・   観光列車「いさぶろう・しんぺい」号,  観光特急「はやとの風」
肥薩線 : 熊本県 ・ 人吉−(鹿児島県 ・ 湧水町 ・ 吉松駅乗換−「霧島温泉への拠点駅・霧島温泉駅」経由)−鹿児島市 ・ 鹿児島中央駅
・   指宿のたまて箱(2011年3月〜),  特別快速「なのはなDX」(〜2011年3月)
鹿児島県県内路線・指宿枕崎線鹿児島市 ・ 鹿児島中央駅指宿市 ・ 指宿駅,  山川駅
・   吉都線  宮崎県 ・ 都城鹿児島県 ・ 湧水町 ・ 吉松駅
・   日南線  宮崎市 ・ 南宮崎駅鹿児島県 ・ 志布志市 ・ 志布志駅

肥薩おれんじ鉄道 ・ 快速「スーパーおれんじ」「オーシャンライナーさつま」
熊本県 ・ 八代−(鹿児島県 ・ 出水(いずみ)経由)−鹿児島県 ・ 川内(せんだい)。旧JR鹿児島本線の同区間が、九州新幹線開業に伴い並行在来線分離により設立された第三セクター鉄道。)
飛行機
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(ANAの予約画面経由でSNA(スカイネットアジア航空)やオリエンタルエアブリッジ(ORC)の予約もできます。)

【楽天トラベル:航空券+ホテルがセットになったJAL楽パック】 > 鹿児島県
【楽天トラベル】航空券予約
(SKYMARK Airlines(スカイマーク)や、ANAの予約画面経由でSNA(スカイネットアジア航空)やオリエンタルエアブリッジ(ORC)の便の予約もできます。)
オリエンタルエアブリッジ  長崎鹿児島線)
フジドリームエアラインズ(FDA)  静岡県 ・ 富士山静岡空港鹿児島線:2009年3月現在、2009年夏から就航しました。)
鹿児島国際空港ホームページ ・ 交通アクセス
バス オール九州 高速バス予約サイト 楽バス
福岡市鹿児島市桜島号,  大阪鹿児島市トロピカル号,  神戸鹿児島市トワイライト神戸号,  大分鹿児島市トロピカル号,  宮崎市鹿児島市線などの高速バスの予約ができます。)
いわさきバスネットワーク(旧・林田バス)鹿児島交通バス等の時刻表・路線検索は、以下のリンク先でご参照可能です。
九州のバス時刻表
交通ナビかごしま
九州のバス乗り放題乗車券「SUNQパス」
九州ローカルバス時刻表(バス時刻表ボランティアHP) ・ 鹿児島県
海路
(特に北薩)
江崎汽船グループ(三和商船)  熊本県 ・ 天草 ・ 牛深鹿児島県 ・ 長島 ・ 蔵之元港航路)
天長フェリー(ロザリオライン観光のフェリーロザリオ)  熊本県 ・ 天草 ・ 中田港−鹿児島県 ・ 長島 ・ 片側港,諸浦港航路)
レンタカー オリックス・レンタカー鹿児島・種子島・屋久島・宮崎・熊本




<鹿児島県に着いてからの行き方>

  最寄り駅・薩摩川内市(さつませんだいし)川内駅(せんだいえき)九州新幹線,  JR鹿児島本線,  肥薩おれんじ鉄道の駅ですので、川内駅へはこれらの鉄路で行ける他、飛行機でお越しになる場合には、鹿児島国際空港から空港連絡バスで行けます。また、県内や市内各地からバスでお越しの場合には、川内駅の川内駅前バス停にはいわさきグループ ・ いわさきバスネットワーク,  南国交通や、両社が運行を請け負っている薩摩川内市コミュニティバスで行くことができます(2009年3月現在)。バスの時刻表は、いわさきバスネットワーク南国交通については九州のバス時刻表交通ナビかごしまで、薩摩川内市コミュニティバスについては薩摩川内市ホームページ ・ のりもの情報(リンク先URLは2009年3月現在)でご確認いただけます。
九州のバス時刻表

交通ナビかごしま

  可愛山陵への生き方は、新田神社への行き方と同じです。

  川内駅からは、薩摩川内市コミュニティバスの一つ、くるくるバスに乗って、新田神社バス停で降りれば行くことができます。くるくるバスには、いわさきバスネットワークが運行する東回り便も南国交通が運行する西回り便があり、1時間に1本の運行頻度で川内市街地を8の字型に循環しています。2009年3月現在、運賃は100円均一(子供,身体障害者手帳などをお持ちの方は50円)で、パンフレットによれば「どこから乗っても100円、どこまで乗っても100円」との由です。時刻表は、2009年3月現在のリンク状況では薩摩川内市ホームページ ・ くるくるバスでご参照いただける他、私が行った時には川内駅2階にある薩摩川内市 ・ 観光案内所で時刻表が載ったパンフレットが入手可能でした。

  また、川内駅からは、レンタサイクルで行くことも可能です。レンタサイクルについては、以下のサイトでご参照可能です。
薩摩川内市HP掲載情報
(2011年2月現在)
無料レンタル「ルンルン自転車」
肥薩おれんじ鉄道HP掲載情報
(2009年現在)
レンタサイクル(貸自転車)
サイクル・トレイン(貸自転車中、折りたたみ式のものの列車内持ち込みサービス)



  鹿児島市内からのお車での行き方を示せば、南九州西回り自動車道で行く場合には、鹿児島インターチェンジ等から南九州西回り自動車道に入り、薩摩川内都インターで降りてこの交差点(リンク先)で左折して国道3号線隈之城バイパスに入って道なりに北上(福岡方面)し、川内川太平橋で渡り、大小路町交差点で左折して鹿児島県道44号京泊大小路線に入り、ここ(リンク先地図ご参照)で右折すれば、もう、新田神社のすぐ前です。斜め左の路を回り込んで山を登れば、新田神社の駐車場に行くことができます。

  一方、一般道だけを利用して鹿児島市内から国道3号線で行く場合には、例えば加治屋町交差点を北上する等の手段で国道3号線に入って北上して下さい。道なりに国道3号線薩摩川内市方面に向かって北上すれば、薩摩川内市内に入ってからの道筋は南九州西回り自動車道を利用する場合と同様です。

  福岡市方面から九州自動車道でお越しになる場合には、横川インターチェンジで一般道に降りれば、そこから約50分との由です。恐らくは・・・ですが、横川IC交差点を左折して鹿児島県道50号牧園薩摩線鹿児島県道55号栗野加治木線との重複区間)に入り、横川二石田交差点で右折して鹿児島県道50号牧園薩摩線専用区間に入り、道なりに鹿児島県道50号牧園薩摩線を進み、ここで道が道なりに国道504号と合流して、この交差点で左折して国道267号に入り、山崎三文字三叉路交差点で右側を選んで重複区間であった国道328号から離れて国道267号を進み、薩摩川内市市街地に入ります。大小路町交差点を直進して鹿児島県道44号京泊大小路線に入り、ここ(リンク先地図ご参照)で右折すれば、もう、新田神社のすぐ前です。斜め左の路を回り込んで山を登れば、新田神社の駐車場に行くことができます。


鹿児島の温泉地&観光地  : 
鹿児島県の温泉&観光
(訪問した所は訪問記(注),訪問未済みの所はリンク集)

(注)100箇所以上に及ぶ、当HPオリジナル・コンテンツ。
地域 温泉案内 観光案内
鹿児島市
(桜島を含む)
鹿児島温泉とは(鹿児島市内温泉とは) 鹿児島市内(含む桜島)観光案内
鹿児島市の温泉(ホテル・旅館,桜島も含む)
鹿児島市の温泉(温泉銭湯[日帰り温泉立ち寄り湯],桜島も含む)
指宿 指宿及びその周辺の温泉 指宿観光案内
南薩 南薩地域の温泉 知覧観光案内
南薩観光案内
霧島 霧島温泉 霧島観光案内
霧島市,姶良
(霧島温泉以外)
妙見温泉など新川渓谷温泉郷 隼人・国分・姶良地域観光案内
日当山温泉&姫城温泉
その他霧島市(旧国分市,旧隼人町),姶良地区の温泉
北薩・中薩 北薩・中薩地域の温泉 北薩・中薩の観光案内
大隅
(霧島以外)
大隅地域の温泉 大隅観光案内
種子島,屋久島,三島村,十島村地区 種子島,屋久島,三島村,十島村の温泉 種子島,屋久島,三島村,十島村の観光案内
奄美諸島 奄美大島,与論島,沖永良部島地区の温泉 奄美大島,与論島,沖永良部島,喜界島,徳之島の観光案内
特集 NHK大河ドラマ「篤姫」の故郷紹介(鹿児島観光案内)(New! 2007年12月)

「坂本龍馬・おりょうの日本初の新婚旅行(日本初のハネムーン)」ゆかりの観光スポット案内(New! 2010年08月)


鹿児島県の温泉宿,ホテル宿泊予約  : 
鹿児島県の宿泊予約
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   温泉が無いホテル・旅館も含む鹿児島県の宿泊予約  ↓
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解説  :    可愛山陵は、薩摩国 ・ 一宮新田神社がある神亀山(しんきさん)の東麓、新田神社の背後の位置の境内(けいだい)にあり、北薩(北薩摩) ・ 薩摩川内市(さつませんだいし)にある墳墓(陵墓,古墳)です。可愛山陵は、主に「えのさんりょう」と読みますが、「えのやまのみささぎ」と読まれることもあり、瓊瓊杵尊(邇邇芸命,ニニギノミコト)の山陵だとされています。
新田神社について  →  (当HP内の)新田神社訪問記

  瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は、神武天皇の曾祖父である皇祖神皇室の祖先神)であり、『古事記』・『日本書紀』の記紀に出て来る最高神・天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫です。天照大神の子・天忍穂耳命(アメノオシホミミ)の子で、高千穂峰天孫降臨した神です。瓊瓊杵尊(ニニギノミコト),その子の火遠理命(ホオリノミコト;別名・山幸彦),  さらにその子のウガヤフキアエズノミコトという、神武天皇の曾祖父,祖父,父の三代の皇祖神の時代は、記紀(『古事記』・『日本書紀』)神話では「日向三代」と呼ばれる時代です。

  可愛山陵等の「日向三代」の神の山陵は全て鹿児島県にあり、「神代三山陵」であるとか、「日向三陵」とかと呼ばれています。日向国というのは今日の宮崎県ですので、「日向なのに、何故鹿児島県なのか?」と疑問に思われる方もおられると思いますが、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ・ 日向国によれば、大宝2年(702年)に唱更国(後の薩摩国),  和銅6年(713年)に大隅国が分かれる以前は、薩摩国大隅国という今日の鹿児島県日向国でしたので、「日向三代」の時代には日向国だった場所に今日の鹿児島県が含まれていても不思議ではありません。ただし、可愛山陵の比定地はこの他にも、宮崎県にも候補となる場所があります。なお、ホオリノミコトの陵墓は霧島市溝辺地区の高屋山上陵であり、ウガヤフキアエズノミコトの陵墓は鹿屋市 ・ 旧・吾平町エリア吾平山上陵です。なお、鹿児島県天孫降臨伝説や日向神話関連の観光スポットには、以下のリンク先でご参照いただけます。
高千穂峰について  →   (当HP内の)高千穂峰訪問記
霧島神宮について  →   (当HP内の)霧島神宮訪問記
霧島神宮古宮址について  →   (当HP内の)霧島神宮古宮址訪問記
高屋山上陵について  →   (当HP内の)高屋山上陵訪問記
吾平山上陵について  →   吾平山上陵
(リンク先は楽天トラベル(旧・旅の窓口) ・ たびノートのサブ・コンテンツ。)
吾平山上陵
(リンク先はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のサブ・コンテンツ。)


  可愛山陵は、鹿児島県高等学校歴史部会『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』山川出版社,2005)pp.129-130によれば、南北11m,東西10mの墳丘であるとの由です。可愛山陵があった場所については、上述のとおり元々、複数の説があり江戸時代末以来諸説紛々していましたが、ウィキペディア ・ 新田神社(薩摩川内市)によれば、この新田神社背後の陵墓が可愛山陵に比定されたのは、明治7年(1874年)のことです。他の候補地ではなくここが公式に可愛山陵だと比定された背景には、有り体に申し上げれば、明治維新後に力を持った、薩摩藩出身の学者達の影響であるという話は、よく知られていることです。このため、今日の宮崎県の人達からは特に強い異論・異説も多いのですが、上述のとおり「日向三代」の時代には今日の鹿児島県日向国であったため、最有力候補地が今日の鹿児島県可愛山陵があっても、地域的な矛盾はありません。

  また、天孫降臨伝説で天下った場所とされる高千穂の場所自体が、上述の高千穂峰以外にも宮崎県高千穂峡地域(宮崎県北部)であるという説がありますが、高千穂峰鹿児島県宮崎県の県境の山であり、山頂は実は宮崎県にあるため、2つある高千穂候補地は両方共に宮崎県だということになり、実は両説の候補地争いは「同じ宮崎県内での綱引きだ」という一面もあります。同じ宮崎県内なのに宮崎県では「高千穂高千穂峡地域(宮崎県北部)」説が強いような様子でもありますが、これについては余談ながら、高千穂峰東麓は、宮崎県では他地域とは異なり江戸時代には薩摩藩領でしたので、宮崎県内でのアンチ薩摩藩地域と親薩摩藩との地域間の立場の相違、という背景事情がある可能性があります(本稿執筆時点で確認未済であるため、事実としては未だ断言できず、あくまでも「可能性」です)

  『古事記』・『日本書紀』の記紀神話の天孫降臨伝説においては、天照大神高御産巣日神(タカミムスビノカミ,別名・高木の神)は当初は葦原中国への降臨を天忍穂耳命(アメノオシホミミ)に命じましたが、天降りの準備をしている間に瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が生まれたので、代わりに瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が天降ることになりました。瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)高千穂峰天孫降臨した後、笠沙の岬(今日の野間岬)大山祇神(オオヤマツミノカミ)の美しい娘・木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ:別表記では木花開耶姫,木花之佐久夜毘売)と出会って結婚して、笠狭宮(カササノミヤ)に皇居を定めました。

  コノハナサクヤヒメとのこの結婚の過程で、オオヤマツミノカミはもう1人の娘で醜い磐長姫(イワナガヒメ:別表記では石長比売)も差し出しましたが、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は醜いイワナガヒメを送り返して、美しいコノハナサクヤヒメとだけ結婚してしまいました。オオヤマツミノカミにとっては、イワナガヒメを差し出した趣旨は岩のように長い命を瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の子孫に与えるためであったため、これ以降、天孫の皇統の方々の命は短くなったとされています。

  コノハナサクヤヒメは一夜で身籠もりました。瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が、自分の子ではなく国津神(土地の神)の子ではないかと疑ったため、疑いを晴らすべく、誓約を立てながらコノハナサクヤヒメは産屋に火を放ってその中で無事に火照命(ホデリノミコト,別名・海幸彦),  火須勢理命(ホスセリノミコト),  火遠理命(ホオリノミコト;別名・山幸彦)の三神を産みました。上述のとおり瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)笠狭宮(カササノミヤ)に皇居を定めて暮らして、死後は「日向の可愛の山陵」に埋葬されました。

  この埋葬地「日向の可愛の山陵」の比定地が北薩(北薩摩) ・ 薩摩川内市可愛山陵である旨は上述のとおりです。ウィキペディア ・ 可愛山陵(えのやまのみささぎ)によれば、『日本書紀』に「筑紫日向可愛山之山陵」とある「日向の可愛の山陵」が宮内省(現・宮内庁)により新田神社に公式に比定されたのは、上述のとおり明治7年(1874年)のことです。ウィキペディア ・ ニニギによれば、新田神社は大正3年(1914年)に宮内省直轄になり、新田神社がある神亀山の5分の4が御陵の陵域であるとの由です。ウィキペディア ・ ニニギによれば、2009年現在では宮内庁書陵部桃山監区可愛部事務所が置かれて、内閣府事務官が陵墓守部として管理しているとの由です。ウィキペディア ・ ニニギによれば、御陵と神社が一体化しているのは全国的にも珍しいとの由であり、可愛山陵には、大正9年(1920年)に皇太子時代の(後の)昭和天皇が参拝され、昭和37年(1962年)には皇太子時代の(後の)今上天皇(2009年現在の明仁陛下)皇太子妃時代の(後の)美智子皇后が参拝された等、皇族の参拝は合計9回に及んでいるとの由です(2009年7月参照時現在)。上述のとおり可愛山陵新田神社と一体化しているため、神亀山は、御陵陵域であると同時に新田神社の神域でもある訳です。今上天皇(2009年現在の明仁陛下)は、母方(香淳皇后)の曾祖父が薩摩藩最後の藩主だった島津忠義公であり島津氏の血もひいておられるので、新田神社がある鹿児島県は祖先の地の一つということにもなります。

  可愛山陵は、上述のとおり新田神社と一体化しているため、参拝する際には、新田神社と併せて訪れることがお薦めの「定番メニュー」です。
新田神社について  →  (当HP内の)新田神社訪問記

  また、可愛山陵,  新田神社等の薩摩川内市の観光スポットを周遊した後は、川内市街地温泉等の北薩・中薩地域の温泉で汗を流すことが「温泉も組み合わせた周遊コース」としてお薦めです。川内市街地温泉の立ち寄り湯には、2009年7月現在川内ホテル・川内温泉センター,  温泉平佐城(平佐城温泉)があります。
薩摩川内市の観光スポット  →   (当HP内の)北薩・中薩観光案内のページの「川内市の観光スポット」欄
川内市街地温泉  →   (当HP内の)北薩・中薩温泉案内のページ「川内市街地温泉」欄



北薩・中薩の温泉・温浴施設入湯記と北薩・中薩の観光スポット訪問記

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北薩・中薩の温泉・温浴施設の入湯記と、北薩・中薩の観光の訪問記
吹上温泉郷(日置市) みどり荘
川内市街地温泉 川内ホテル・川内温泉センター
(ホテルの温泉ですが、温泉銭湯として安く入湯できます)
温泉平佐城(平佐城温泉)
藺牟田温泉(薩摩川内市) いこいの村いむた池
紫尾温泉(さつま町) 紫尾区営温泉「神の湯」
日置市の観光 さつま湖公園
妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
一宇治城跡(伊集院城跡;城山公園)
いちき串木野市の観光 薩摩金山蔵
(焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処)
薩摩川内市街地の観光 川内川花火大会
新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
泰平寺
薩摩国分寺跡史跡公園
川内歴史資料館
川内まごころ文学館
川内戦国村
(鹿児島県の歴史を紹介するテーマパーク(兼)博物館。村内に展示館「西郷記念展」があります。)
川内原子力発電所展示館
きやんせふるさと館
鉄道 肥薩おれんじ鉄道
出水市の観光 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
出水市ツル観察センター
出水麓武家屋敷群
出水市出水駅観光特産品館「飛来里」
日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)



鹿児島県内の寺社仏閣観光スポット訪問記

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鹿児島県の寺社仏閣観光スポットの訪問記
カテゴリー 地域 訪問or体験したスポット
天孫降臨伝説日向神話 霧島周辺 霧島神宮
(天孫降臨伝説のニニギノミコトが祭神。良い神社が多い鹿児島県内でも、特に別格的にお薦めの神社)
霧島神宮古宮址
高千穂峰登山(霧島神宮御神体:天孫降臨の場所)
薩摩川内市 新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
霧島市 鹿児島神宮(大隅国一宮)
高屋山上陵
(日向神話の彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト,別名・火遠理命(ホオリノミコト),山幸彦)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
その他 鹿児島市(含む桜島) 照国神社
(島津斉彬公を祭神とする、鹿児島市を代表する神社)
猫神神社
(島津家別邸・名勝 仙巌園(磯庭園)にあります)
南洲神社・南洲墓地
(西郷隆盛命を祭神とする神社と、西郷隆盛ら西南戦争薩軍戦死将兵を合葬した墓地)
荒田八幡宮
福昌寺跡(島津家墓地)
南洲寺(僧月照の墓)
南林寺由緒墓
松原神社
大中寺(薩摩義士の墓)
慈眼寺公園(慈眼寺跡)
谷山神社
霧島エリア 和気神社
隼人・国分・姶良地域 蒲生八幡神社
長年寺跡と島津墓地・亀墓
加治木護国神社(加治木島津館跡)
日置市 妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
薩摩川内市 泰平寺
薩摩国分寺跡史跡公園
出水市 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)
さつま町 紫尾神社(紫尾区営温泉「神の湯」入湯記)
志布志市 大慈寺
屋久島 益救神社(最南端の式内社,旧多禰国一宮)
屋久島大社
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧に目次があります。



鹿児島県内の古代史関連観光スポット訪問記

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カテゴリー 地域 訪問or体験したスポット
古代遺跡&古代遺跡博物館 鹿児島市 鹿児島市立ふるさと考古歴史館(掃除山遺跡,草野貝塚関係の展示)
指宿市 時遊館COCCOはしむれ(指宿市考古博物館),橋牟礼川遺跡
霧島市 上野原縄文の森(上野原遺跡)
博物館
(古代史専門ではありませんが、古代史関連の展示もある博物館)
鹿児島市 鹿児島県歴史資料センター黎明館
霧島市 霧島市立隼人歴史民俗資料館
薩摩川内市 川内歴史資料館
天孫降臨伝説日向神話 霧島周辺 霧島神宮
霧島神宮古宮址
高千穂峰登山(天孫降臨の地)
高千穂河原&高千穂河原ビジターセンター
(高千穂河原ビジターセンターには、高千穂峰の解説施設の機能もあります。)
霧島市 高屋山上陵
鹿児島神宮(大隅国一宮)
薩摩川内市 可愛山陵
新田神社(薩摩国一宮)
熊襲関連 霧島市 熊襲の穴(熊襲穴)
隼人関連 霧島市 隼人塚
(実際には平安時代後期創建の寺院跡説が有力。)
霧島市立隼人塚史跡館
(隼人塚の歴史や由来についての博物館)
奈良時代 薩摩川内市 薩摩国分寺跡史跡公園
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧に目次があります。



感想  :    私は、2004年10月から2007年7月までの3年弱、転勤で鹿児島市に赴任していましたが、可愛山陵がある薩摩川内市(さつませんだいし)の市街地については行きそびれている間に名古屋に転勤になって鹿児島県を出てしまいました。ところが、2009年3月13日夜をもって廃止されてしまったブルー・トレイン寝台特急「はやぶさ」に廃止前の2009年2月13日(金)夜発便で乗る機会があったので、終点の熊本市で「はやぶさ」を降りた後、足を伸ばして、行きそびれていた薩摩川内市市街地の観光スポットを回りました。本稿執筆時点でその時に訪問した観光スポットを全てはまだ掲載しきれておりませんが、薩摩川内市の魅力を満喫することができました。

  可愛山陵は、解説欄で述べたように、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)陵墓です。瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は「日向三代」の初代で、は、神武天皇の曾祖父であり、皇祖神です。参拝してみた所感としては、荘厳でおごそかな感じが伝わって来て、かしこくも恐れ多い気持ちになりました。

  「日向三代」や、「日向三代」に限らず、『古事記』・『日本書紀』の記紀の神話時代の内容については、第二次世界大戦の戦前には皇国史観で書かれているもの全てが事実だとされ、戦後は津田左右吉に代表される文献批判学によって逆に全て否定され、その歴史学上の取り扱いについては、極端から極端にブレて来てしまいました。

  私は、皇国史観のように『神話が全て史実である』と見なすのは非科学的だ」と思う反面、「その180度逆の戦後の文献批判学も、本人達が実証科学だと思っていても実は実証科学とは180度逆で非科学的であり、非科学的である点については同様だ」と見なしています。西洋ではシュリーマントロイ発掘によってホメロスの『イーリアス』には元になる史実があった旨が明らかになって文献批判学が壊滅し、さらに今日では聖書考古学によって様々な発見が行われているのに対して、文献批判学が蔓延している日本の考古学は100年以上は遅れていると思っている訳です。

  それでは、「神話が全て史実である」と思う皇国史観的方法論も、その180度逆の文献批判学も、両者共に非科学的方法論であるとして排した上で、真っ当な科学的方法論に基づく古代史研究姿勢とは何か、ということが課題になります。その答えはべらぼうに簡単です。「神話は事実そのもの自体ではないが、元になった史実はあり、それが神話化したのだ」ということです。神話を100%肯定するのでも逆に100%否定するのでもなく、「どのような史実がどのような神話に化けたのか」という仮説モデルを反証可能な形で構築し、それを考古学的発掘事実と文献とで反証して、反証に耐えて残る仮説モデルを、「今のところ、間違っているとは、まだ言えない仮説モデル」として採用すれば良いのです。物証だけが事実なのではない。文献も事実の構成要素だとした上で、さはさりながら神話は史実そのもの自体ではないので、神話から史実を復元すれば良いと思う訳です(注)。なお余談ながら、皇祖神などの神々については、後述においても「神様の名前」の固有名詞を用いますが、「神話化される前の史実」においては「神様」ではなく「ヒト(『哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属ヒトという種の動物』)」です。
(注) ただし、歴史学のビッグ・ネームの中では唯一、理系人間の目で見て方法論的に間違っていないと思える安本美典が指摘するように、文献も考古学的発掘事実も共に素材が不十分な中では、「間違っているとは、まだ言えない仮説モデル」が、まだ複数残っている可能性があり得ます。このため、「絶対にこれしかない!」というような思い込みは禁物であり、或る説を採用しても、「いつか、発掘結果で反証される可能性」を心の中で留保しておく必要があります。反証可能性の有無こそが実証科学と哲学との「運命の分かれ道」であり、反証可能性が無かったら、その研究は実証科学ではなくなってしまいます(この点について詳しくは、拙個人公式HP内の「科学的方法論について」ご参照)。反証可能性の維持貫徹、これこそが、実証科学者としての科学的良心というものです。


  理科系的な真っ当な科学的方法論の視点で見た場合、中には地域性や特定のイデオロギーに基づいて我田引水的な論外な方法論を採用している輩や、プロでさえ床屋論議レベルの「思い込み」仮説も多い日本の古代史においては、数少ない例外的にマトモな研究者として、安本美典の説は、数少ない真っ当なものの中の一つであろうと私は考えております。このため、安本美典の説を全てではありませんが、今のところ私は採用しており、大項目で申せば、以下の(1)〜(5)の5点は妥当な説だと考えております。
(1) 邪馬台国は九州福岡県の甘木・朝倉にあった。
(2) 古事記』・『日本書紀』の記紀の神話時代の記述にも「元になった事件」はあるが、諸神や「人間の歴史以降の天皇陛下」の寿命や在位年数には誇張がある。推測統計の手法を用いて平均在位年数を推測すれば約10年と考えるのが妥当であり、この在位で計算すると天照大神は丁度、卑弥呼が在位した3世紀半ばに合致する。故に、高天原邪馬台国であり、天照大神卑弥呼であると見なすことができる。
(3) 言い換えれば、記紀の神話時代の記載内容の元になった事件は概ね、3世紀(西暦200年代)に起きたものである。
(4) 神武天皇による神武東征はあった。
(5) いわゆる欠史八代の天皇は実在する。

細かな点で申せば、安本美典が言うような「天岩戸事件は、卑弥呼の死と台与が神話化したものである」説は、まだ排除してはいませんが採用も早計だと思ったりしている等、100%賛成している訳ではありませんが、大筋としては概ね賛成しています。
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  特に、以下の各項に鑑みれば、天照大神の事績は、内容的にも卑弥呼に酷似していると思う訳です。
(1) 仮に伊弉諾神(イザナギノミコト,伊邪那岐命)黄泉国からの帰還か、もしくは素戔嗚尊(スサノオノミコト,建速須佐之男命)高天原での乱暴狼藉は、魏志倭人伝中の倭国大乱が神話化したものと仮定することが可能である(恐らくは後者だが、両方そうであって一連のものかも知れないと想定しています)(注)
(2) 天照大神の別名「オオヒルメノムチ」は「日(太陽)に仕える巫女」という意味であり、これは、卑弥呼が「日巫女、つまり日(太陽)の巫女」と見なすことが可能であるから、正に同じ名前の祭司王になる。
(3) 詳しくは後述するように、魏志倭人伝に「1人の男子が取り次ぎをしていた」と書かれていることは、記紀では「天の岩戸事件前には天照大神が命令を出していたのに、天の岩戸事件後は高皇産霊神(タカミムスビノカミ,高御産巣日神,高木神)が命令を出している」ことの天の岩戸事件以後の時期の状況と、平仄(ひょうそく)が合う(注)
(4) 魏志倭人伝に、「卑弥呼の死後、男王が立つが、国が混乱し互いに誅殺しあい千余人が死んだため、臺與(台与)を立てることでようやく国がまとまった」旨が書かれていることは、この男王を高木神(高皇産霊神)だと想定すれば、「高良大社の伝承では、当初の祭神は高木神(高皇産霊神)だったのに交代させられたことになっている」旨と平仄(ひょうそく)が合う(注)

    (注) この(1),(3),(4)の3点は、私が概ね妥当と考えている安本美典氏の説と自説との間の、数少ない相違点の一つです。安本美典氏は、安本美典倭王卑弥呼と天照大御神伝承 神話のなかに、史実の核がある(勉誠出版,2003)pp.91-113で、同様に天の岩戸事件前後の相違に触れた上で、「卑弥呼が死んだ西暦248年とその前年247年に2年続けて日蝕が(特に248年は皆既日蝕が)起きていた(『同書』pp.31-36)」旨と、「伊勢神宮内宮の祭神において、天照大神の相殿(あいどの;2柱以上の神を、一つの社殿に祀る場合の建物)の片方が万幡豊秋津師比売命(ヨロズハタトヨアキヅシヒメノミコト)であるが、天照大神の娘であるとは申せ『古事記』・『日本書紀』の記述内容上は重要な働きをしていない万幡豊秋津師比売命が相殿という重要な役割を務める理由が不明である」旨なども併せて踏まえた上で、「天の岩戸事件は『卑弥呼天照大神』の死が神話化したものであり、天の岩戸事件以降の高木神(高皇産霊神)が単独命令を出すようになった時期の天照大神は、実は『臺與(台与)万幡豊秋津師比売命』の事績が母神・天照大神の事績として神話化されたものである」説を述べています。このため、安本美典氏のこの説によれば、「魏志倭人伝に出て来る卑弥呼の死後に民心を得ることに失敗して失脚した男王」としては素戔男尊(スサノオノミコト)が想定されています。
  これに対して私は、上述の(1)で述べたとおり、「天の岩戸事件魏志倭人伝に出て来る倭国大乱が神話化したものであり、安本美典奴国の滅亡 邪馬台国にほろぼされた金印国家(毎日新聞社,1990)で述べられている「北九州部族内で、邪馬台国勢力によって奴国が滅ぼされた」説を採用した上で、倭国大乱の際にこの「奴国の滅亡」が起き、この時に滅ぼされた奴国王が、「素戔男尊(スサノオノミコト)、もしくは素戔男尊(スサノオノミコト)解任後に復帰した伊弉諾神(イザナギノミコト,伊邪那岐命)」であり、敗戦後に素戔男尊(スサノオノミコト)の母神・伊弉冉(イザナミ)の故地・葦原中国(=古代出雲)に落ちのびて行ったものと想定しています。そして、最終的には「卑弥呼天照大神」率いる邪馬台国勢力が奴国に勝つとは申せ、途中の局面では占領されて劣勢になった時期があり、その際に素戔男尊(スサノオノミコト)天照大神を幽閉・監禁した事件が発生し、この事件が神話化したのが天の岩戸事件なのではないか、と想定しています。私の説では、「魏志倭人伝に出て来る卑弥呼の死後に民心を得ることに失敗して失脚した男王」は、上述(4)のとおり高木神(高皇産霊神)だということになります。
  実は私は、天の岩戸事件が「神話化される前の史実」に関しては「自説だけが採用されるべき唯一のもの」とは思っておらず、安本美典氏の説も当てはまり得て、どちらが実際にあったかは断言不可能だと思っております。私の説の不利な点は、私の説に基づけば葦原中国平定(=古代出雲の国譲り)は「卑弥呼天照大神」存命中のことになるので、既に葦原中国(=古代出雲)を勢力圏に組み入れた後であるにもかかわらず魏志倭人伝に出て来る女王国の勢力圏が九州北部に限定されると想定可能な点が少々苦しいのと、私の説に基づけば大国主や、さらにその御子神達(最も短い系図に基づいても、天照大神の曾孫の世代)が成人した時期まで「卑弥呼天照大神」が存命していたことになるため、平均余命に基づいて安本美典流の平均在位年数を想定すれば、「あり得るけど、在位年数がいささか長過ぎねぇか?」という点が少々苦しくなります。一方、安本美典氏説の不利な点は、「魏志倭人伝に出て来る卑弥呼の言葉を伝える役割の男性の存在は、「天の岩戸事件以前は天照大神が単独命令を出していた」旨と平仄(ひょうそく)が合わないことと、素戔男尊(スサノオノミコト)の本拠地が九州島内では奴国だった旨を踏まえれば、安本美典氏ご自身も安本美典奴国の滅亡 邪馬台国にほろぼされた金印国家(毎日新聞社,1990)で指摘しておられる「『邪馬台国高天原』勢力による奴国の滅亡」が、「魏志倭人伝で記載された時期には、既に発生した後」であるタイミングが時期的に「天の岩戸事件=『卑弥呼天照大神』死亡時」説と平仄(ひょうそく)が合わないと思う点です。このため、どちらの説にも一長一短があり、まだ「絞り込み」は早計だろうと思う訳です。


  2000年代の今日では大手マスコミは、例えば箸墓古墳の築造年代が3世紀半ばだという仮説の発表等の邪馬台国畿内説を我田引水的に補足しようとするような発見は発表は報道しても、九州での発掘等邪馬台国畿内説に都合が悪い情報は報道をしていません。この、「或る説に都合の良い情報について報道はしても、それ以外の情報は隠す」手段は「ウソをつかずに、ウソをつく」ためのマスコミの常套手段であり、この結果、世間では「邪馬台国は畿内説で決まりだ」的なムードが2009年現在蔓延してしまっています。何故このような卑劣な報道をするのか、この理由については「恐らくこうだ」という仮説はありますが、観光情報HPである当HP上では差し障りがありますので、この理由に関する仮説については述べません(注)。しかし、安本美典氏の説にも関連して「マスコミが余り報道してくれなかった(=マスコミが隠していた)」考古学的発掘情報としては、安本美典邪馬台国の比定地としている甘木・朝倉平塚川添遺跡が発掘されており、これは実は、箸墓古墳などかすんで見えなくなって「どうでも構わない」と思えるようになってしまう程のインパクトを邪馬台国所在地論争に与える程の発見だと私は思っております。
(注) この問題について詳しくは、安本美典氏による以下の著作で詳しく述べられています。特に、2009年に明らかになった箸墓古墳の年代測定問題に関する論点については、安本美典「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く! (宝島社新書,2009)(品切れ or 絶版後は【Amazon.co.jp】安本美典『「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く! 』(宝島社新書,2009))で、問題点が詳しく解説されています。

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  つまり私は、「実は既に邪馬台国は発掘されていて、それは平塚川添遺跡である可能性が高い」と考えております平塚川添遺跡は、殷墟発掘で甲骨文字が出て来た時のような「動かぬ証拠」がまだ出ていないので、「反対論者を打ち負かすための決定打」にはまだ欠けるのですが、それにしても、箸墓古墳については過剰に報道されて、平塚川添遺跡や(平塚川添遺跡に限らず)九州の発掘については吉野ヶ里遺跡を例外として一般的には報道されずにマスコミから無視されている現状は、正に上述の「ウソをつかずに、ウソをつく」報道姿勢の証左であるとしか思えない訳です。

  安本美典説に基づけば、高天原邪馬台国であり、記紀の神話時代の内容どおり九州北部になります。このことを前提にして天孫降臨伝説とそれに続く「日向三代」に関して「神話の基になった史実は何か」を推測すれば、「邪馬台国にとっての敵国であった狗奴国が、その官名に「狗古智卑狗(クコチヒコ)」という名前があった旨に鑑みれば地名上熊本県の菊池辺りを狗奴国と比定し得る」旨も併せて鑑みれば、「高天原邪馬台国」勢力が「狗奴国=今の熊本県」に対する包囲軍事戦略を立てるために別働部隊を派遣したという仮説を想定すれば、地形的に南九州が派遣地になります。したがって、私は、天孫降臨の元になった史実とは、「高天原邪馬台国」による、対狗奴国包囲網のために、南九州の日向に別働隊を派遣した」ことなのであろう、と推測しております。これは軍事戦略上の見地から自己チェックを入れても妥当なモデルだと思います。また、「高千穂高千穂峰」説を採用し、可愛山陵比定地も新田神社のある神亀山(しんきさん)が妥当なところだろうと思っております。理由は、以下の2点です。
(1) 宮崎県では対狗奴国包囲網確立のためには余りにも後方過ぎると思いますので旧日向地域の中では鹿児島県の方が軍事的合理性があるので妥当だと思えること
(2) 宮崎県のあの豊富な遺跡群を思えば、宮崎県は元々北九州勢力の勢力圏にあった可能性が高いので、「天孫降臨を行う行き先」であるよりはむしろ、「天孫降臨を行うための、行く前の出撃基地」と考えた方が良いと思うこと。言い換えれば、宮崎県のあの豊富な遺跡群を思えば、宮崎県は元々北九州勢力の勢力圏にあった可能性が高いので、宮崎県では天孫降臨にはならないと思います。天孫降臨というのは(外国でも概ね降臨伝説は)神話の元になった史実は軍事的征服ですから、元々北九州勢力圏下にあったと私が想像している宮崎県は、「近過ぎて、仲間過ぎて、天孫降臨の対象にはならないだろう」と考えること。


  余談ながら、神武東征神話の元になった史実は、「包囲網確立という戦略目的の実現手段としての、『天孫降臨という名の軍事的征服作戦』に失敗して皇室の祖先が今日の鹿児島県で勢力を維持できなくなり、(今の宮崎県も含めての)九州島内の北九州勢力支配地域に戻ることも叶わず、やむを得ず九州から食い詰めて出て行って、食っていくために新天地を征服しちゃった」ことであろうというのが、私なりの仮説モデルです。つまり、「瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は北九州勢力の中での包囲作戦遠征植民部隊の指揮官であり、神武天皇は、包囲作戦失敗後に本拠地を喪失した、北九州勢力の中の「食い詰めて愚連隊化した部隊」の指揮官であり、神武東征神武天皇指揮下の愚連隊部隊が食っていくために「自分たちの土地」を確保するための征服行為だった」と考えれば、軍事的にも経済的にも辻褄(つじつま)が合うと思うのです。なお、ただし、出典となる文献は失念してしまいましたが、遺跡の上では丁度3世紀の後半以降北部九州で人口減少の跡が見られるという話を読んだことがあり、このことは、神武天皇の部隊が神武東征を行う前に、元々の本拠地である北部九州で軍部隊編成をして、北部九州勢力が大量移住した可能性を示唆するものだと思います。上述や後述のとおり日向三代の神武天皇の皇祖神は、南九州での勢力確立に失敗した位ですから、神武東征前に一旦九州北部に戻った直後の時点では兵力不足だった可能性が高いため、この九州北部での軍部隊再編は兵力の上では辻褄(つじつま)が合う話になります。

  そして、「北九州勢力の中でも本来は天照大神の跡継ぎであるべき血筋を誇る筈の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)家が「遠征部隊」指揮官になったのは何故か」についての理由や経緯と、「行き先が、あれほど執着していた葦原中国(=古代出雲)ではなく、何故、南九州なのか」についての理由や経緯は、恐らく、以下の(1),(2)の2点のAND条件なのではないか、と推測しています。
(1) 北九州勢力の国の中では、かつての首都は元々は邪馬台国ではなく奴国であり、奴国にいた北九州勢力全体の王・伊弉諾神(伊邪那岐:イザナギノミコト)天照大神には高天原(=邪馬台国)を生前相続分与し、スサノオノミコトには「夜の食国(よるのおすくに)または海原」(つまり、港湾国奴国)を生前相続分与した際に、奴国から高天原(=邪馬台国)に首都機能が移転した。逆に言えば、北九州勢力の中でも地域的に高天原(=邪馬台国)の元々の土着の住民にとっては、天照大神は、今日の選挙に例えるならば落下傘候補のような、「中央からやってきた、『お偉いさん』で『よそ者』のリーダー」だった。高天原(=邪馬台国)の土着の元々のリーダーは、恐らくは高皇産霊神(高御産巣日神:タカミムスビノカミ,別名・高木神(タカギノカミ))であり、タカミムスビノカミにとっては「目の上の瘤」だった「落下傘女王の天照大神」に対して、「権威を与えて崇め奉りながらも、権力は奪って実権を握る」ことに徐々に成功して北九州勢力の首都の中での権力闘争に勝利した。このことは、魏志倭人伝では1人の男子が取り次ぎをしていたと書かれていること、記紀では「天の岩戸事件前には天照大神が命令を出していたのに、天の岩戸事件後はタカミムスビノカミが命令を出している」こと、が傍証である。つまり、タカミムスビノカミは、「天照大神を神聖不可侵で人目に触れない存在に祭り上げることにより、政治的意志決定の情報が全て自分の前を通っていく状況を創り出して、実質的な決裁権限を手中にした」史実があった旨が推測可能である。その結果、自分の外孫ではありながらも血筋上は天照大神の後継者だった瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を首都から追い出すことに成功した史実が神話化したのが、天孫降臨、つまり新領土・葦原中国(あしはらのなかつくに)派遣指揮官への瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の任命である。ハッキリ言えば、現代企業に例えれば、有力ライバルの外地子会社社長への追い出しのようなものである。
(2) この葦原中国派遣とは、実は当初の対象は古代出雲のことであった。古代出雲は、北九州勢力の先遣部隊としてタケミカヅチノカミ軍が大国主命(オオクニヌシノミコト)を下して征服済み(葦原中国平定)であったため、征服後に統治する本隊として天降る予定だった。しかし、準備の途中で狗奴国との戦争が勃発したため、古代出雲どころではなくなってしまい、作戦目的が狗奴国の包囲作戦に急きょ変更となって天降る先(派兵先)が変わってしまい、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は現在の鹿児島県を軍事征服する役割を果たすハメに陥ってしまった。


  上述の包囲作戦失敗については、根拠となる傍証があります。鹿児島県内の日向三代の神代三山陵は、可愛山陵,  高屋山上陵,  吾平山上陵と、代が下るにつれて次第に東に移っていきます。このことは、勢力を植え付けることに失敗して、本拠地がズルズルと後退していった状況を示唆しています。また、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の子の日向三代の2代目の時代になると、生業(なりわい)が火遠理命(ホオリノミコト;別名・山幸彦)が(当初は)猟師で、火照命(ホデリノミコト;別名・海幸彦)が漁師で、いずれも、鳥獣であれ魚であれ「りょうし」であり、狩猟を生業としている旨は同様です。この生業は、「土地を獲得支配して、農耕を行う」ことに失敗した旨を示唆しています。神話の元になった史実を再現するためには、「何が書かれているか」だけでなく、「行間を読んで、何を隠していたか」も「トンテモ推測にならない範囲で」重要であり、その見地からは、「猟師や漁師が生業である→農耕を行えていない→土地の実効支配に失敗した→言い換えれば、征服に失敗した」と読むことができると思うのです。なお、この包囲作戦失敗によって今日の鹿児島県を支配できなかったことは、後年、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の子孫である大和朝廷が最終的に鹿児島県の支配に成功できたのが、祖先がいた地域であるにもかかわらず数世紀も後のことである旨や、「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ・ 可愛山陵による孫引き引用によれば「延喜式諸陵式」に、「日向埃山陵。天津彦瓊瓊杵尊在(二)日向国(一)、無陵戸」((一)(二)は返り点)と書かれていたり、古代、単に「在日向国」と書かれていたりする等、所在地も一時期は定かではなくなり、陵戸(墓守)も置かれていなかった」状況と、平仄(ひょうそく)が合うと思います。支配できずに一時期は撤退せざるを得なかったため、再征服に時間が必要だった訳であり、また、陵墓を守る墓守を置く体制など維持できないまま数世紀が過ぎて、一時期は行方が分からなくなってしまっていたのでしょう。

  なお、世の中には天孫降臨伝説を、類似伝説がある他国の建国神話の影響で分析している人もいますが、私は、天孫降臨伝説については、他国からの影響は考えなくても構わないと思っております。それは、日本の天孫降臨伝説と他国の降臨建国神話には、決定的な質的相違点があるからです。他国の場合、建国神話はいきなり降臨で始まります。これはつまり、「元になった史実は、それまで自然民族(民族としては存在しても、国を建国するには至らない段階)であった人々が、軍事征服されて国ができたことである」旨を示唆しています(征服者が、他民族である場合も、自民族の異部族や別の村の場合も含めて)。一方、日本の建国神話における天孫降臨伝説は、降臨前の記述があります。これは、「日本の天孫降臨伝説は、征服した側の行為が神話化したもの」である旨を示しています。この点は、内容の点で極めて大きな相違だと私は思っております。この点については日本の建国神話は正直であり、「古代出雲の国譲り」の際に、「国譲り」の語は使われていても「国造り」の語は使われていない旨の用語使用法と平仄(ひょうそく)が合っています。日本の天孫降臨伝説は、「降臨した側の歴史」である訳です。

  天孫降臨について上述のような仮説モデルを想定しているため、可愛山陵が作られたのは3世紀であろうと、私は推測しています。何はともあれ、可愛山陵皇祖神 ・ 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)陵墓です。とても貴重な古墳であり、鹿児島県の古代史系観光スポットの中でも、イチオシでお薦めな場所の一つだと思います。なお、解説欄で述べたとおり、可愛山陵新田神社と併せて訪れることがお薦めの「定番メニュー」です。
新田神社について  →  (当HP内の)新田神社訪問記


当HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」を紹介する本  : 
本の表紙
   共著:高知工科大学大学院起業家コース著『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント 』((株)ケー・ユー・ティー発行,丸善発売,2006年12月10日),\1,575−.





可愛山陵は、新田神社を経て行くことができます。




新田神社から可愛山陵へと続く道の、道案内の掲示板です。




可愛山陵に行く道の途中には、宮内庁書陵部桃山監区可愛部事務所がありました。




可愛山陵の写真です。




可愛山陵の写真・その2。




可愛山陵にあった案内板です。




可愛山陵の写真・その3。




可愛山陵には新田神社が隣接しており、古代史巡り観光コースとしては、併せて1セットのコースになります。
詳しくは →  (当HP内の)新田神社訪問記




鹿児島県へは、九州新幹線で行けます。可愛山陵最寄り駅・川内(せんだい)駅は、九州新幹線停車駅です。
時刻表は → JR九州ホームページ




鹿児島県宮崎県方面から行く場合には、特急きりしま等のJR九州 ・ 日豊本線の列車で行けます。
時刻表は → JR九州ホームページ




鹿児島県人吉温泉方面からJR九州 ・ 肥薩線の列車で行く場合には、楽しい観光列車「いさぶろう・しんぺい」号観光特急「はやとの風」で乗り継いで行くことができます。写真は観光特急「はやとの風」です。
時刻表は → JR九州ホームページ




川内(せんだい)駅熊本県 ・ 八代市方面から行く場合には、肥薩おれんじ鉄道で行くことができます。

時刻表は    肥薩おれんじ鉄道公式ホームページ

沿線観光案内は    (当HP内の)肥薩おれんじ鉄道乗車記




可愛山陵最寄り駅・川内(せんだい)駅へは、JR九州 ・ 鹿児島本線でも行くことができます。
時刻表は → JR九州ホームページ




可愛山陵がある薩摩川内市いわさきバスネットワーク(旧・林田バス)のバスで行く場合、時刻表は九州のバス時刻表ホームページ交通ナビかごしまホームページでご確認いただけます。また、くるくるバスについては、薩摩川内市ホームページ ・ くるくるバスご参照(リンク先URLは2009年4月現在)
九州のバス時刻表

交通ナビかごしま

薩摩川内市ホームページ ・ くるくるバス
(リンク先URLは2009年4月現在)






川内市街地温泉の温泉宿&温泉以外のホテル・宿案内(2009年10月現在)

温泉天国・鹿児島温泉紹介!
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温泉天国・鹿児島温泉紹介!
(当WEBサイト)
(当HP内の)川内ホテル・川内温泉センター入湯記
(当HP内の)温泉平佐城(平佐城温泉)入湯記
(川内高城温泉,市比野温泉,東郷温泉,諏訪温泉,藺牟田温泉,入来温泉などのその他の薩摩川内市の温泉地や、川内市街地温泉の他の温泉宿については、以下のリンク先ご参照。)
(当HP内の)北薩・中薩の温泉 > 薩摩川内市の温泉
【楽天トラベル】ホテルオートリ(旧・ホテルおおとり荘) ・ 空室検索
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(注:温泉は2009年2月現在、市比野温泉からの運び湯ですので、場所は薩摩川内市市街地にありますが、実は川内市街地温泉の温泉施設ではありません。)
市比野温泉,  東郷温泉,  諏訪温泉,  藺牟田温泉など、その他の薩摩川内市の温泉地の温泉宿については、以下のリンク先ご参照。)
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(その他の、この地域の、温泉以外の宿・ホテルも含めた宿泊予約については、以下のリンク先ご参照。)
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北薩・中薩の温泉・温浴施設の入湯記と、北薩・中薩の観光の訪問記
吹上温泉郷(日置市) みどり荘
川内市街地温泉 川内ホテル・川内温泉センター
(ホテルの温泉ですが、温泉銭湯として安く入湯できます)
温泉平佐城(平佐城温泉)
藺牟田温泉(薩摩川内市) いこいの村いむた池
紫尾温泉(さつま町) 紫尾区営温泉「神の湯」
日置市の観光 さつま湖公園
妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
一宇治城跡(伊集院城跡;城山公園)
いちき串木野市の観光 薩摩金山蔵
(焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処)
薩摩川内市街地の観光 川内川花火大会
新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
泰平寺
薩摩国分寺跡史跡公園
川内歴史資料館
川内まごころ文学館
川内戦国村
(鹿児島県の歴史を紹介するテーマパーク(兼)博物館。村内に展示館「西郷記念展」があります。)
川内原子力発電所展示館
きやんせふるさと館
鉄道 肥薩おれんじ鉄道
出水市の観光 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
出水市ツル観察センター
出水麓武家屋敷群
出水市出水駅観光特産品館「飛来里」
日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)



鹿児島県の寺社仏閣観光スポットの訪問記
カテゴリー 地域 訪問or体験したスポット
天孫降臨伝説日向神話 霧島周辺 霧島神宮
(天孫降臨伝説のニニギノミコトが祭神。良い神社が多い鹿児島県内でも、特に別格的にお薦めの神社)
霧島神宮古宮址
高千穂峰登山(霧島神宮御神体:天孫降臨の場所)
薩摩川内市 新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
霧島市 鹿児島神宮(大隅国一宮)
高屋山上陵
(日向神話の彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト,別名・火遠理命(ホオリノミコト),山幸彦)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
その他 鹿児島市(含む桜島) 照国神社
(島津斉彬公を祭神とする、鹿児島市を代表する神社)
猫神神社
(島津家別邸・名勝 仙巌園(磯庭園)にあります)
南洲神社・南洲墓地
(西郷隆盛命を祭神とする神社と、西郷隆盛ら西南戦争薩軍戦死将兵を合葬した墓地)
荒田八幡宮
福昌寺跡(島津家墓地)
南洲寺(僧月照の墓)
南林寺由緒墓
松原神社
大中寺(薩摩義士の墓)
慈眼寺公園(慈眼寺跡)
谷山神社
霧島エリア 和気神社
隼人・国分・姶良地域 蒲生八幡神社
長年寺跡と島津墓地・亀墓
加治木護国神社(加治木島津館跡)
日置市 妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
薩摩川内市 泰平寺
薩摩国分寺跡史跡公園
出水市 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)
さつま町 紫尾神社(紫尾区営温泉「神の湯」入湯記)
志布志市 大慈寺
屋久島 益救神社(最南端の式内社,旧多禰国一宮)
屋久島大社
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧に目次があります。



鹿児島県内の古代史関連観光スポット(+宮崎県の関連スポット)
当ホームページ内の訪問記
カテゴリー 地域 訪問or体験したスポット
古代遺跡&古代遺跡博物館 鹿児島市 鹿児島市立ふるさと考古歴史館(掃除山遺跡,草野貝塚関係の展示)
指宿市 時遊館COCCOはしむれ(指宿市考古博物館),橋牟礼川遺跡
霧島市 上野原縄文の森(上野原遺跡)
博物館
(古代遺跡専門の博物館ではないが、出土品も展示されている博物館)
鹿児島市 鹿児島県歴史資料センター黎明館
霧島市 霧島市立隼人歴史民俗資料館
薩摩川内市 川内歴史資料館
天孫降臨伝説,日向神話 霧島周辺 霧島神宮
霧島神宮古宮址
高千穂峰登山(天孫降臨の地)
薩摩川内市 可愛山陵
新田神社(薩摩国一宮)
霧島市 高屋山上陵
鹿児島神宮(大隅国一宮)
熊襲関連 霧島市 熊襲の穴(熊襲穴)
隼人関連 霧島市 隼人塚
(実際には平安時代後期創建の寺院跡説が有力。)
霧島市立隼人塚史跡館
(隼人塚の歴史や由来についての博物館)
奈良時代 薩摩川内市 薩摩国分寺跡史跡公園
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧に目次があります。
未訪問の主な場所
カテゴリー 地域 古代史関連スポット
古代遺跡 南さつま市
加世田市
栫ノ原遺跡(カコイノハライセキ)
(リンク先は南さつま半島文化のサブ・コンテンツ。鹿児島県ホームページでも栫ノ原遺跡として紹介されています(2009年8月参照)。出土品は加世田郷土資料館で展示されています。)
出水市 上場遺跡(ウワバイセキ)
(リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。じゃらんネットでも上場遺跡として紹介されています。)
鹿屋市 王子遺跡資料館
(リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。鴨着く島(ブログ)でも王子遺跡資料館として紹介されています。)
種子島 南種子〜広田遺跡
全国旅そうだんでも広田遺跡として、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも広田遺跡として紹介されています。)
横峯遺跡
(リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも横峯遺跡として紹介されています。)
立切遺跡
(リンク先は形岡不動産のサブ・コンテンツ。鹿児島県ホームページでも立切遺跡として紹介されています(2009年8月参照)。出土品は中種子町立歴史民俗資料館で展示されています。)
奄美大島 宇宿貝塚(ウシュクカイヅカ)
(リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。じゃらんネットでも宇宿貝塚として紹介されています。)
天孫降臨伝説,日向神話 鹿屋市
吾平町
吾平山上陵(吾平山陵)
(日向神話の3代目・ウガヤフキアエズノミコトの陵墓。リンク先は楽天トラベル(旧・旅の窓口) ・ たびノートのサブ・コンテンツ。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも吾平山上陵として紹介されています。なお、吾平山上陵比定地には他にも宮崎県鵜戸神宮境内地にもあり、天孫降臨伝説高千穂峰説とも矛盾しない、宮崎県内の神代三山上陵比定地です。)
鵜戸神社(鹿屋市)
(かつては吾平山上陵の東麓にあった、日向神話の3代目・ウガヤフキアエズノミコトを祀る神社。リンク先はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のサブ・コンテンツ。鴨着く島でも吾平町麓界隈(鹿屋市吾平町麓)の中で紹介されています。宮崎県鵜戸神宮とは別の神社です。)
南さつま市
加世田市
笠狭宮跡
(天孫降臨伝説・日向神話の初代・瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の皇居の跡。リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。じゃらんネットでも笠狭宮跡として紹介されています。)
知覧 豊玉姫神社
(日向神話の2代目・日子穂穂手見尊(彦火々出見尊,山幸彦)の皇后・豊玉姫を祀る神社。リンク先はMAPPLE観光ガイドのサブ・コンテンツ。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも豊玉姫神社(南九州市)として紹介されています。)
指宿市 玉の井
(日向神話の2代目・日子穂穂手見尊(彦火々出見尊,山幸彦)の皇后・豊玉姫が使っていたと伝えられる井戸であり、我が国最古の井戸と伝えられる井戸。リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。)
霧島市
福山町
宮浦宮
(神武天皇東征の際のお船出の場所と伝えられ、神武天皇を祀る神社。リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。じゃらんネットでも宮浦宮として紹介されています。)
宮崎県 霧島神宮以外の霧島六社権現宮崎県内の旧薩摩藩領)
東霧島神社(ツマキリシマジンジャ),  霧島東神社,  狭野神社,  霧島岑神社(キリシマミネジンジャ)
(リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。なお、霧島六社権現中、夷守神社は明治時代に霧島岑神社と合併しました。)
古墳群 さつま町 別府原古墳群(ベップバルコフングン)
(リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。じゃらんネットでも別府原古墳群として紹介されています。)
大崎町 横瀬古墳
(リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。MAPPLE観光ガイドでも横瀬古墳として、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも横瀬古墳として紹介されています。)
東串良町 唐仁古墳群(トウジンコフングン)
(リンク先は全国旅そうだんのサブ・コンテンツ。MAPPLE観光ガイドでも唐仁古墳群として、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも唐仁古墳群として紹介されています。)
肝付町 塚崎古墳群(ツカザキコフングン)
(リンク先はマップルネット(mapple)のサブ・コンテンツ。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも塚崎古墳群として紹介されています。)
その他 鹿児島県の古代遺跡については、以下のホームページに載っています。
・   鹿児島県ホームページ ・ かごしまの紹介 ・ 鹿児島の概要 ・ 歴史・文化 ・ 原始・古代(2009年8月参照)
・   鹿児島県上野原縄文の森公式WEBサイト ・ 埋蔵文化財情報データベース
・   鹿児島県教育総合センター ・ 「かごしまの遺跡をたずねて」
・   フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ・ 九州・沖縄の史跡一覧・鹿児島県



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「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」の訪問記or体験記
地域 訪問or体験した観光地orスポット
鹿児島県全体 鹿児島の芋焼酎が楽天市場で買える鹿児島県内店(リンク先は当HP管理人のブログ・カミタク・ブログの記事。)
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市電
(鹿児島市電については、当HP管理人の別サイト・鉄道艦船航空陸自マニアでも、鹿児島市交通局として紹介されています。)
鹿児島市内(含む桜島) カゴシマシティビュー乗車記(鹿児島市内観光地周遊バス)
鹿児島市内(含む桜島) 尚古集成館(島津斉彬公による我が国初の洋式工業団地・集成館事業の産業遺産)
鹿児島市内(含む桜島) 島津家別邸:名勝 仙巌園(磯庭園)
鹿児島市内(含む桜島) 猫神神社(+猫グッズ専門店「猫屋」)
鹿児島市内(含む桜島) 磯工芸館(旧島津家吉野植林所)
鹿児島市内(含む桜島) 薩摩ガラス工芸(薩摩切子)工場見学
鹿児島市内(含む桜島) 磯くわはら館(旧芹ヶ野島津家金山鉱業事業所建物のレストラン)
鹿児島市内(含む桜島) 異人館(旧鹿児島紡績所技師館)
鹿児島市内(含む桜島) caf'e潮音館(旧・重富島津家別邸米蔵の石蔵のカフェ:田之浦潮音館)
鹿児島市内(含む桜島) 城山(城山展望台)
鹿児島市内(含む桜島) 鶴丸城(鹿児島城)
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島県歴史資料センター黎明館
鹿児島市内(含む桜島) 薩摩義士碑
鹿児島市内(含む桜島) 大中寺(薩摩義士の墓)
鹿児島市内(含む桜島) 平田公園(平田靱負屋敷跡&平田靱負銅像)
鹿児島市内(含む桜島) 西郷隆盛銅像
鹿児島市内(含む桜島) 大久保利通銅像
鹿児島市内(含む桜島) 維新ふるさと館
鹿児島市内(含む桜島) 甲突川河畔(桜のお花見&歴史散策)
鹿児島市内(含む桜島) 東郷平八郎誕生地
鹿児島市内(含む桜島) 示現流兵法所史料館(示現流史料館)
鹿児島市内(含む桜島) 天璋院篤姫の生家・今和泉島津家本邸跡
鹿児島市内(含む桜島) 南洲神社・南洲墓地
鹿児島市内(含む桜島) 西郷南洲顕彰館
鹿児島市内(含む桜島) 西郷洞窟
鹿児島市内(含む桜島) 福昌寺跡(島津家墓地)
鹿児島市内(含む桜島) 照国神社と六月灯
鹿児島市内(含む桜島) 探勝園跡(島津三銅像〜照国神社脇の島津斉彬公像,島津久光公像,島津忠義公像〜
鹿児島市内(含む桜島) 荒田八幡宮と六月灯
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市立美術館
鹿児島市内(含む桜島) 長島美術館
鹿児島市内(含む桜島) 陽山美術館
鹿児島市内(含む桜島) 児玉美術館
鹿児島市内(含む桜島) 三宅美術館
鹿児島市内(含む桜島) かごしま近代文学館・かごしまメルヘン館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島県立博物館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市立科学館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島大学総合研究博物館
鹿児島市内(含む桜島) 石橋記念公園・石橋記念館(祇園之洲公園)
鹿児島市内(含む桜島) いおワールド かごしま水族館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市平川動物公園
鹿児島市内(含む桜島) 奄美の里(本場大島紬の里)
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市立ふるさと考古歴史館(掃除山遺跡出土品,草野貝塚展示博物館)
鹿児島市内(含む桜島) 県立吉野公園(桜のお花見の名所)
鹿児島市内(含む桜島) 多賀山公園(東郷平八郎銅像,東福寺城址)
鹿児島市内(含む桜島) おはら祭
鹿児島市内(含む桜島) かごしま錦江湾サマーナイト大花火大会
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島ウォーターフロント「ドルフィンポート」
鹿児島市内天文館 山形屋百貨店
鹿児島市内(含む桜島) 天文館(鹿児島の中心街・繁華街)
鹿児島市内天文館 うなぎの末よし
鹿児島市内天文館 正調さつま料理 熊襲亭
鹿児島市内天文館 cafe de MANON(カフェ・ド・マノン)
鹿児島市内天文館 さつまいもの館
鹿児島市内天文館 唐芋ワールド
鹿児島市内天文館 池畑天文堂
鹿児島市内天文館 T−MAXボウル(T-MAX BOWL)
鹿児島市内(含む桜島) アミュプラザ鹿児島&大観覧車アミュラン
鹿児島市内(含む桜島) 南洲寺(僧月照の墓)
鹿児島市内(含む桜島) 南林寺由緒墓
鹿児島市内(含む桜島) 松原神社
鹿児島市内(含む桜島) 天保山公園(坂本竜馬新婚の碑,共月亭,砲台跡,調所広郷の像)
鹿児島市内(含む桜島) 慈眼寺公園(慈眼寺跡)
鹿児島市内(含む桜島) 谷山神社
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島カテドラル・ザビエル教会
鹿児島市内(含む桜島) ザビエル滞麑記念碑(ザビエル公園)
鹿児島市内(含む桜島) 桜島納涼観光船
鹿児島市内(含む桜島) 桜島フェリー
鹿児島市内(含む桜島) 桜島(特に湯之平展望所)
鹿児島市内(含む桜島) 桜島焼窯元・桜岳陶芸
指宿周辺 岩崎美術館・工芸館
指宿周辺 時遊館COCCOはしむれ(指宿市考古博物館),橋牟礼川遺跡
指宿周辺 知林ヶ島
指宿周辺 特別快速なのはなDX(注:運行は2011年春まで)
知覧周辺 知覧特攻平和会館
知覧周辺 知覧武家屋敷群
知覧周辺 ミュージアム知覧(南九州市立博物館)
知覧周辺 薩摩英国館
南薩地域(指宿市山川) 長崎鼻
南薩地域(指宿市山川) フラワーパーク かごしま
南薩地域(指宿市山川) JR日本最南端の駅「西大山駅」
南薩地域 開聞岳 & 開聞山麓自然公園
南薩地域 池田湖
南薩地域 あじろ浜(網代浜)訪問記&坊津観光案内
霧島周辺 霧島神宮
霧島周辺 霧島神宮古宮址
霧島周辺 高千穂河原&高千穂河原ビジターセンター
霧島周辺 霧島連山登山(霧島トレッキング・霧島縦走コース:韓国岳,獅子戸岳,新燃岳,中岳)
霧島周辺 高千穂峰登山
霧島周辺 和気神社
霧島周辺 犬飼滝
霧島周辺 高千穂牧場
霧島周辺 生駒高原 コスモス園
霧島周辺 特急きりしま
霧島周辺 観光特急「はやとの風」(肥薩線の旅行)
霧島周辺 観光列車「いさぶろう・しんぺい」号(肥薩線の旅行)
隼人・国分・姶良地域 上野原縄文の森(上野原遺跡)
隼人・国分・姶良地域 鹿児島神宮(大隅国一宮)
隼人・国分・姶良地域 霧島市立隼人歴史民俗資料館
隼人・国分・姶良地域 隼人塚
隼人・国分・姶良地域 霧島市立隼人塚史跡館
隼人・国分・姶良地域 熊襲の穴
隼人・国分・姶良地域・溝辺 高屋山上陵
(日向神話の彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト,別名・火遠理命(ホオリノミコト),山幸彦)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
隼人・国分・姶良地域 龍門滝
隼人・国分・姶良地域 長年寺跡と島津墓地・亀墓
隼人・国分・姶良地域 加治木島津館跡(加治木護国神社)
隼人・国分・姶良地域 蒲生八幡神社
隼人・国分・姶良地域 蒲生の大クス(特別天然記念物)
北薩・中薩 ・ 日置市 さつま湖公園
北薩・中薩 ・ 日置市 妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
北薩・中薩 ・ 日置市 徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
北薩・中薩 ・ 日置市 雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
北薩・中薩 ・ 日置市 一宇治城跡(伊集院城跡;城山公園)
北薩・中薩 ・ いちき串木野市 薩摩金山蔵
(焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内川花火大会
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 新田神社(薩摩国一宮)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 泰平寺
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 薩摩国分寺跡史跡公園
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内歴史資料館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内まごころ文学館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内戦国村
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内原子力発電所展示館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 きやんせふるさと館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市 藺牟田池(いこいの村いむた池入湯記)
北薩・中薩 肥薩おれんじ鉄道
北薩・中薩 ・ 出水市 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
北薩・中薩 ・ 出水市 出水市ツル観察センター
北薩・中薩 ・ 出水市 出水麓武家屋敷群
北薩・中薩 ・ 出水市 出水市出水駅観光特産品館「飛来里」
北薩・中薩 ・ 出水市 日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)
北薩・中薩 ・ さつま町 紫尾神社(紫尾区営温泉「神の湯」入湯記)
大隅半島 ・ 志布志市 大慈寺
屋久島 益救神社(最南端の式内社,旧多禰国一宮)
屋久島 屋久島大社
屋久島 屋久杉自然館(+「縄文杉の写真」,杉の茶屋)
屋久島 ボタニカルリサーチパーク(屋久島有用植物リサーチパーク)+トローキの滝
屋久島 屋久杉ランド(ヤクスギランド)
屋久島 紀元杉
屋久島 白谷雲水峡
横浜 ホテルニューグランド
横浜 横浜伊勢佐木町ワシントンホテル
横浜 横浜ランドマークタワー&横浜ロイヤルパークホテル
湘南・三浦・鎌倉 観音崎京急ホテル・レストラン「浜木綿」(&「SPASSO(スパッソ)」案内)
湘南・三浦・鎌倉 観音崎灯台
北九州,下関他 門司港レトロ地区:全般
北九州,下関他 門司港レトロ地区:旧門司税関
北九州,下関他 門司港レトロ地区:門司港駅
北九州,下関他 門司港レトロ地区:旧門司三井倶楽部
北九州,下関他 門司港レトロ地区:海峡プラザ赤煉瓦ガラス館 & オルゴールミュージアム門司港を含む)
高知の観光 高知城
高知の観光 桂浜
高知の観光 高知県立坂本龍馬記念館
高知の観光 坂本龍馬像
高知の観光 高知市立龍馬の生まれた町記念館
高知の観光 坂本龍馬誕生地の碑
名古屋の観光 覚王山日泰寺
名古屋の観光 末森城址(末盛城址)&城山八幡宮
岐阜県の観光 治水神社(薩摩義士ゆかりの神社)
岐阜県の観光 千本松原(油島千本松締切堤)
岐阜県の観光 国営木曽三川公園・木曽三川公園センター
三重県の観光 海蔵寺(薩摩義士の墓)
三重県の観光 常音寺(薩摩義士の墓)
長野県の観光 岩松院(福島正則公霊廟)
長野県の観光 諏訪大社上社本宮
長野県の観光 諏訪大社上社前宮
長野県の観光 神長官守矢史料館
長野県の観光 尖石縄文考古館,尖石遺跡,与助尾根遺跡
長野県の観光 御射鹿池(みしゃかいけ)
(東山魁夷の「白い馬」シリーズの名画「緑響く」の取材地)
長野県の観光 横谷渓谷(よこやけいこく)
ここで紹介しきれていない最新の訪問記or体験記はこちらへ





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「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」の温泉・温浴施設の入湯記
温泉,地域 入湯した温泉・温浴施設
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 城山観光ホテル・城山温泉・さつま乃湯(桜島と海が見える露天風呂があります。)
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテル吹上荘
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 温泉ホテル中原別荘
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテル満秀
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) KKR鹿児島敬天閣
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 錦江高原ホテル
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテルエスポワールタナカ
鹿児島市内温泉(ホテル(兼)立ち寄り湯) 健康プラザ田中温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 芦刈温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 池田温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 一本桜温泉センター(市内西部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 今村温泉(市内中心部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) うちの温泉センター(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) お乃湯(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 温泉錦湯(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) かごっま温泉(天文館最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 春日温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 霧島温泉(天文館最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 花野温泉たぬき湯(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 郡元温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) さつま温泉(天文館最寄り かつ ウォーターフロント・ベイエリア)(注)
(注)残念ながら2007年6月に廃業したとの由です。
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 野天風呂 薩摩いろはの湯(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 慈眼寺温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 寿康温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 城山長寿泉(市内中心部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 新川温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 新とそ温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) ジェルめいわ温泉(旧・めいわ温泉,市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 太陽ヘルスセンター(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 武岡温泉(市内西部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 竹迫温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 中山温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 中村温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 永吉温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 滑川温泉(市電沿線,JR鹿児島駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 南開温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 西田温泉(鹿児島中央駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) はらら温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 真砂温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みずほ温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みやこ温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みょうばん温泉(鹿児島中央駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みょうばん温泉まきばの湯(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 薬師温泉(市内北部)
鹿児島温泉(桜島地域) 国民宿舎レインボー桜島・マグマ温泉
鹿児島温泉(桜島地域) さくらじま白浜温泉センター
鹿児島市・桜島古里温泉 ふるさと観光ホテル
鹿児島市・桜島古里温泉 桜島シーサイドホテル
鹿児島市・桜島古里温泉 さくらじまホテル
鹿児島市内温泉・足湯 ドルフィンポート・足湯
鹿児島市内温泉・足湯 奄美の里・足湯
指宿温泉 指宿いわさきホテル
指宿温泉 指宿白水館
指宿温泉 指宿こころの湯(日帰り温泉立ち寄り湯のスーパー銭湯。旅館「指宿こころの宿」も併設されています。)
指宿温泉 二月田温泉殿様湯(指宿温泉でも特に歴史と伝統のある、日帰り温泉立ち寄り湯)
指宿市(旧・山川町地域)・鰻温泉 区営鰻温泉
指宿市(旧・山川町地域)・鰻温泉 うなぎ温泉まつまえ
指宿市(旧・山川町地域)・伏目温泉 山川ヘルシーランド露天風呂(海が見える露天風呂がある日帰り温泉立ち寄り湯)
南薩地域・枕崎市 枕崎なぎさ温泉(海が見える露天風呂がある日帰り温泉立ち寄り湯)
霧島温泉郷 霧島いわさきホテル
霧島温泉郷 霧島国際ホテル
霧島温泉郷 霧島スパヒルズ(旧「霧島第一ホテル スパヒルズ」)
霧島温泉郷 硫黄谷温泉霧島ホテル
霧島温泉郷 静流荘
霧島温泉郷 旅行人山荘
霧島温泉郷 前田温泉カジロが湯(日帰り温泉立ち寄り湯)
霧島温泉郷 新湯温泉・霧島新燃荘
霧島温泉(霧島山麓) 野々湯温泉
霧島温泉郷&霧島山系山麓の温泉地 栗野岳温泉南洲館
霧島山系周辺平野部・吉松温泉郷 吉松駅前温泉
妙見温泉 妙見石原荘
新川渓谷温泉郷 塩浸温泉龍馬公園
新川渓谷温泉郷 日の出温泉きのこの里
日当山温泉 日当山温泉・花の湯
国分,隼人,姶良地区・足湯 鹿児島空港天然温泉足湯「おやっとさあ」
国分,隼人,姶良地区 船津温泉
国分,隼人,姶良地区 重富温泉
国分,隼人,姶良地区 姶良市温泉センター くすの湯(旧・蒲生町多目的温泉保養センター「くすの湯」)
国分,隼人,姶良地区 龍門滝温泉
北薩・中薩吹上温泉郷 みどり荘
北薩・中薩いちき串木野市 薩摩金山蔵 「杜氏乃湯」
(温浴施設は、後になくなっており、焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処専用施設になっています。)
北薩・中薩川内市街地温泉 川内ホテル・川内温泉センター
北薩・中薩川内市街地温泉 温泉平佐城(平佐城温泉)
北薩・中薩藺牟田温泉 いこいの村いむた池
北薩・中薩紫尾温泉 紫尾区営温泉「神の湯」
屋久島等・屋久島の温泉 屋久島いわさきホテル
屋久島等・屋久島の温泉 JRホテル屋久島
屋久島等・屋久島の温泉 縄文の宿 まんてん
屋久島等・屋久島の温泉 平内海中温泉
屋久島等・屋久島の温泉 湯泊温泉
屋久島等・屋久島の温泉 尾之間温泉
屋久島等・屋久島の温泉 楠川温泉
屋久島等・屋久島の温泉 旧・大浦温泉(大浦の湯)
横浜の温泉 横浜みなとみらい万葉倶楽部
横浜温泉 綱島温泉・綱島ラジウム温泉東京園
横浜温泉 綱島温泉・富士乃湯
横浜温泉 天然温泉みうら湯弘明寺店
横浜温泉 若宮湯
横浜温泉 中島館
横浜の大浴場付きホテル ブリーズベイホテル・リゾート&スパ,&  リゾートカプセル桜木町
東京都の温泉 麻布十番温泉  (注) 残念ながら2008年3月末で廃業しました。
東京都の温泉 東京ドーム天然温泉 Spa LaQua(スパ ラクーア)
川崎温泉 縄文天然温泉 志楽の湯
福岡市内温泉 薬院しろやま乃湯  (注) 残念ながら閉館しました。
福岡市内温泉 萃豊閣ホテル&南福岡グリーンホテル温泉
福岡市内温泉 八百治博多ホテル・八百治の湯
人吉市内の温泉 球磨川ラフティング MAIN STREAM & ビジネスホテル白山山荘 附属温泉
高知の温泉 龍河温泉(香美市)
高知の温泉 物部川ほとりの温泉 夢の温泉(香美市)
高知の温泉 高知黒潮ホテル・黒潮温泉「龍馬の湯」(香南市)
高知の温泉 高知三翠園・高知三翠園温泉水哉閣(高知市)
高知の温泉 スーパーホテル高知・長岡温泉・龍馬の湯(高知市)
高知の温泉 国民宿舎 桂浜荘(高知市桂浜:人工温泉)
札幌市内温泉 JRタワーホテル日航札幌・スカイリゾートスパ「プラウブラン(月の島)」
札幌市内温泉 ホテルモントレエーデルホフ札幌・スパ
大阪市内温泉 スーパーホテルCity大阪天然温泉(なにわ天然温泉「花乃井」)
大阪市内温泉 ホテル阪神「徳次郎の湯」(天然温泉スパ&サウナ)
大阪市内温泉 天然温泉なにわの湯
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