カミタクの部屋

  

カミタク・ブログ

  

鉄道艦船航空陸自マニア

  

STATISTICS
「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」トップ > 温泉天国・鹿児島温泉紹介!(フレーム枠内メニュー画面) > 鹿児島県観光案内 ・ 北薩・中薩地域 > 出水市 > 感応寺

感応寺

  

感応寺(感応禅寺),五廟社訪問記

「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」トップ > 温泉天国・鹿児島温泉紹介!(フレーム枠内メニュー画面) > 鹿児島県観光案内 ・ 北薩・中薩地域 ・ 出水市の感応寺を訪れた訪問記録)




観光地名  :  鎮国山 感応寺(感応禅寺),五廟社
(ちんごくさん かんのうじ(かんのうぜんじ),ごびょうしゃ)


電話番号  :  0996-84-2075

住所
(リンク先は地図)

 :  〒899-0502 鹿児島県出水市野田町下名5735

地図
(powered by Google Map
 : 


訪問日  :  2010年11月21日

HP  :  臨済宗 相国寺派 鎮国山 感応寺 公式ホームページ
(「感応寺からのお知らせ,出水市野田町(野田郷)の話題,季節の移りゆく様子」等を伝えるための公式ブログかんのうじだよりもあり、六月燈の夜と鶴嶺神社等の記事が載っています。)

感応寺
(リンク先は楽天トラベル ・ たびノート ・ 鹿児島県のサブ・コンテンツ。)

(その他、 楽天トラベルの特集企画でも【楽天トラベル ムーブメント企画鹿児島(秋)】ツルの飛来と紅葉狩り。秋の鹿児島を巡る のんびり秋さんぽの中で、 日本の禅 臨済宗・黄檗宗の公式サイト 臨黄ネットでも坐禅会情報 > 鹿児島県の坐禅会情報一覧(寺名順)の中で、 相国寺・金閣寺・銀閣寺 > 相国寺でも宗派 > 臨済宗相国寺派寺院名簿の中で、 鹿児島県公式観光ガイド「ゆっくり・悠・遊・観光かごしま」でも感応禅寺(鎮国山 感応寺),  五廟社として(リンク先URLは2010年12月現在)出水市ホームページ > 観光・特産品 > 歴史探訪でも鎮国山感応禅寺として(リンク先URLは2010年12月現在)出水市ホームページ > 指定文化財でも県指定文化財(有形民俗文化財)として1 十一面千手観音像・脇立四天王像 & 2 絹本着色雲山和尚像(けんぽんちゃくしょくうんざんおしょうぞう),  市指定文化財として37 感応寺五廟社(かんのうじごびょうしゃ),  39 感応寺仁王像(かんのうじにおうぞう),  59-3 感応寺のソテツとして(リンク先URLは2010年12月現在)NHK鹿児島放送局 > 大河ドラマ「篤姫」でも篤姫紀行 > 3.薩摩最強の武士団(1月20日放送より)の中で、 出水市観光協会でも感応禅寺として、 アット・ニフティ@nifty ・ 地域ガイドでも感応寺として、 MAPPLE観光ガイドでも感応寺として、 るるぶ.comでも感応寺として、 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも感応寺(出水市)として、 株式会社 佛壇の古屋鋪でも寺院御内陣および納骨壇施工実績の「納骨堂工事」欄の中で、 ワシモ(WaShimo)のホームページでも・篤姫と島津牡丹の中で、 Samurai Worldサムライワールド > (寺院と神社 or 薩摩紀行)でも感応寺 鹿児島県野田町として、 城鑑賞の旅・二人で城ある記でも城日記(2008年版12月31日現在)の中で、 南九食品ホームページでも野田町案内の中で、 鹿児島大学法文学部・(大学院)人文社会科学研究科 ・ 大学院 ・ 後期課程 専攻紹介(【後期課程】地域政策科学専攻) ・ 研修報告(blog)でも長島町・出水市合宿研修(後編) として、 歴史作家・桐野作人氏の公式ブログ膏肓記(ブログ)でも「島津氏発祥地」はどこかの中で、 県知事認可専門学校鹿児島外語学院(GAiGO) ・ GAiGO Students' Voices(学生ブログ)でも下見ツアー 出水,  ★☆出水下見ツアー☆★,  国際交流バス探訪in出水,  ツルに歴史に自然にご飯がおいしい出水シティの中で、 かごしまかわら版(鹿児島三昧)(ブログ)でも日本一の大鈴 【出水市 箱崎八幡神社】の中で、 呑んだくれだより(ブログ)でも鎮国山 感応寺として、 鹿児島の自然と食(ブログ)でも感応寺の仁王像と古木として、 見見楽楽 〜九州ぶらり放浪記〜(ブログ)でも臨済宗 相国寺派  鎮国山 『感応寺』 … 出水市野田町として、 鹿児島みてある記(ブログ)でも野田郷〜感応寺界隈として、 所長の鹿児島みてある記(ブログ)でも野田郷の感応寺として、 想い文日記 (ブログ)でも天璋院篤姫〜島津家菩提寺(臨済宗相国寺派)〜として、 かせだプロジェクト(ブログ)でも1280.さつま今昔(13)の中で、 シングルおやじの気ままな一人旅(ブログ)でも薩摩街道を歩くの中で感応寺の末寺だった「永林寺」について、 トカラ平島にて(ブログ)でも平島での野田郷 島津太鼓の催しの中で、 “ただの人”表迫和成ブログ (ブログ)でも出水市の観光を考えるの中で、 七転び七起き(ブログ)でも後ろ姿がかわいい仁王像^^ 日本最古の禅寺 「感応禅寺」として、 今日のひとり言 〜鹿児島のオヤジBlog〜(ブログ)でも今日は、恒例の、感応禅寺での講演会です。として、 農園レストラン三蔵とグリーンツーリズム情報(ブログ)でも交流旅行・・・感応禅寺として、 ぬるり組合寄り合い所(ブログ)でも休日の中で、 JOURNAL OF WB(ブログ)でもさすらいの道中日記〜その6〜の中で、 健康的で 明るく 笑顔のたえない ふるさとづくり に挑戦(ブログ)でも出水市観光案内掲示板発見,  野田郷の武家屋敷,  島津家五廟社 の中で、 休暇村福岡センタースタッフブログ(ブログ)でも北薩摩の旅の中で、 虹を見るように ・ 掲示板「だだっこの窓辺」でも264.ファジーパパさんからの鹿児島便りです♪の中で、 全国への旅情報 北海道から沖縄まで飛行機 電車 車 駅 空港 観光地 観光名所 温泉(ブログ)でも出水市 鹿児島県の北西部に位置する市 観光スポットとして、 カイロの休息には(ブログ)でも座禅会として、 K-Hyodo's Blog(ブログ)でも吉野史談会の研修旅行の中で、 口意身坊のブログ(ブログ)でも感応禅寺 として紹介されています。)

We Love 天文館
We Love 天文館
ホームページ
We Love 天文館
We Love 天文館
ブログ


交通案内
アクセス
 : 
鹿児島県への行き方(2009年4月現在)
鉄道 JR九州 ・ 鹿児島支社
・   九州新幹線
・   特急「きりしま」
日豊本線 : 宮崎市−(都城経由−「霧島温泉への拠点駅・霧島神宮駅」経由)−鹿児島市 ・ 鹿児島中央駅
・   観光列車「いさぶろう・しんぺい」号,  観光特急「はやとの風」
肥薩線 : 熊本県 ・ 人吉−(鹿児島県 ・ 湧水町 ・ 吉松駅乗換−「霧島温泉への拠点駅・霧島温泉駅」経由)−鹿児島市 ・ 鹿児島中央駅
・   特急「指宿のたまて箱」
鹿児島県県内路線・指宿枕崎線鹿児島市 ・ 鹿児島中央駅指宿市 ・ 指宿駅
・   吉都線  宮崎県 ・ 都城市鹿児島県 ・ 湧水町 ・ 吉松駅
・   日南線  宮崎市 ・ 南宮崎駅鹿児島県 ・ 志布志市 ・ 志布志駅

肥薩おれんじ鉄道 ・ 快速「スーパーおれんじ」「オーシャンライナーさつま」
熊本県 ・ 八代市−(鹿児島県 ・ 出水(いずみ)経由)−鹿児島県 ・ 川内(せんだい)。旧JR鹿児島本線の同区間が、九州新幹線開業に伴い並行在来線分離により設立された第三セクター鉄道。)
飛行機
【楽天トラベル:航空券+ホテルがセットになったANA楽パック】 > 鹿児島県
(ANAの予約画面経由でSNA(スカイネットアジア航空)やオリエンタルエアブリッジ(ORC)の予約もできます。)

【楽天トラベル:航空券+ホテルがセットになったJAL楽パック】 > 鹿児島県
【楽天トラベル】航空券予約
(SKYMARK Airlines(スカイマーク)や、ANAの予約画面経由でSNA(スカイネットアジア航空)やオリエンタルエアブリッジ(ORC)の便の予約もできます。)
オリエンタルエアブリッジ  長崎鹿児島線)
フジドリームエアラインズ(FDA)  静岡県 ・ 富士山静岡空港鹿児島線:2009年3月現在、2009年夏から就航しました。)
鹿児島国際空港ホームページ ・ 交通アクセス
海路 当HP内の鹿児島の交通・アクセスをご参照下さい。
バス オール九州 高速バス予約サイト 楽バス
福岡市鹿児島市桜島号,  大阪鹿児島市トロピカル号,  神戸鹿児島市トワイライト神戸号,  大分鹿児島市トロピカル号,  宮崎市鹿児島市線などの高速バスの予約ができます。)
いわさきバスネットワーク(旧・林田バス)鹿児島交通バス等の時刻表・路線検索は、以下のリンク先でご参照可能です。
九州のバス時刻表
交通ナビかごしま
九州のバス乗り放題乗車券「SUNQパス」
九州ローカルバス時刻表(バス時刻表ボランティアHP) ・ 鹿児島県
レンタカー オリックス・レンタカー鹿児島・種子島・屋久島・宮崎・熊本



<鹿児島県に着いてからの行き方>

  JR九州 ・ 九州新幹線でお越しの方は出水駅もしくは川内駅肥薩おれんじ鉄道に乗り換えていただければ、肥薩おれんじ鉄道 ・ 野田郷駅下車、徒歩8分です野田郷駅で降りたら、駅からに右方向(=西方向=川内駅方向)に向かって歩いていただき、ここの踏切の場所で右に曲がって踏切を越えて北上し、ここで右折して東に向かっていただければ、ここ感応寺山門です。位置関係的には、鹿児島県立野田女子高等学校の外側を回り込むようにして行くことになります。


九州新幹線

肥薩おれんじ鉄道
(リンク先は当HP内の肥薩おれんじ鉄道案内画面)



鉄道で行くかごしまの旅


最寄り駅・野田郷駅

肥薩おれんじ鉄道駅)


時刻表は →  ○   JR九州公式ホームページ
○   肥薩おれんじ鉄道公式ホームページ


  2010年12月現在肥薩おれんじ鉄道JR九州 ・ 鹿児島本線鹿児島中央駅熊本駅にも、以下のとおり土曜日と休日に1日2往復ずつ直通運行列車が運行しています。このため、鹿児島中央駅等の川内駅以南の鹿児島県からは乗り換え無しで、熊本駅等の八代駅以北の熊本県からは出水駅乗り換えで、野田郷駅まで行くこともできます。
肥薩おれんじ鉄道による、JR九州 ・ 鹿児島本線への直通乗り入れ列車
(ただし、以下の情報は2010年12月現在。)
列車 運行区間 列車愛称
出水駅鹿児島中央駅 快速「オーシャンライナーさつま」号
出水(いずみ)駅熊本駅 快速「スーパーおれんじ」号
運転日,本数等 土曜日と休日に1日2往復ずつ(注)
(注) 2010年12月現在、平日には走っていませんので、お間違えなきようご注意下さい。なお、平日に走っていない旨は2010年11月現在のものであり、将来、変わる可能性はあり得ます。

時刻表 肥薩おれんじ鉄道公式ホームページをご参照下さい。
補足 なお、この情報は2010年12月現在のものであり、将来変わる可能性があります。その時点時点での情報や時刻表は、肥薩おれんじ鉄道公式ホームページでご確認下さい。


  空路でお見えになる方は2010年12月現在鹿児島国際空港からは、空港アクセス・バスで直接野田郷駅に行けます。また、空港アクセス・バスでは出水駅,  高尾野駅,  阿久根駅,  川内駅など他の肥薩おれんじ鉄道の駅に行くこともできますので、出水駅川内駅等で乗り換えて、楽しい肥薩おれんじ鉄道の列車旅と組み合わせて野田郷駅まで行くこともできます。空港アクセス・バスの時刻表など詳しくは、以下のリンク先サイトでお調べいただけます(リンク先URLは2010年11月現在)
詳しくは →  鹿児島国際空港公式ホームページ  交通アクセス



鹿児島の温泉地&観光地  : 
鹿児島県の温泉&観光
(訪問した所は訪問記(注),訪問未済みの所はリンク集)

(注)100箇所以上に及ぶ、当HPオリジナル・コンテンツ。
地域 温泉案内 観光案内
鹿児島市
(桜島を含む)
鹿児島温泉とは(鹿児島市内温泉とは) 鹿児島市内(含む桜島)観光案内
鹿児島市の温泉(ホテル・旅館,桜島も含む)
鹿児島市の温泉(温泉銭湯[日帰り温泉立ち寄り湯],桜島も含む)
指宿 指宿及びその周辺の温泉 指宿観光案内
南薩 南薩地域の温泉 知覧観光案内
南薩観光案内
霧島 霧島温泉 霧島観光案内
霧島市,姶良
(霧島温泉以外)
妙見温泉など新川渓谷温泉郷 隼人・国分・姶良地域観光案内
日当山温泉&姫城温泉
その他霧島市(旧国分市,旧隼人町),姶良地区の温泉
北薩・中薩 北薩・中薩地域の温泉 北薩・中薩の観光案内
大隅
(霧島以外)
大隅地域の温泉 大隅観光案内
種子島,屋久島,三島村,十島村地区 種子島,屋久島,三島村,十島村の温泉 種子島,屋久島,三島村,十島村の観光案内
奄美諸島 奄美大島,与論島,沖永良部島地区の温泉 奄美大島,与論島,沖永良部島,喜界島,徳之島の観光案内
温泉宿 →鹿児島県の温泉宿宿泊予約はこちらへ
特集 NHK大河ドラマ「篤姫」の故郷紹介(鹿児島観光案内)(New! 2007年12月)

「坂本龍馬・おりょうの日本初の新婚旅行(日本初のハネムーン)」ゆかりの観光スポット案内(New! 2010年08月)


鹿児島県の温泉宿,ホテル宿泊予約  : 
鹿児島県の宿泊予約
(powered by 楽天トラベル.)
  ↓

全国温泉宿予約(ホテル検索&宿泊予約ができます) ・ 鹿児島県
  
  ↓

宿泊施設情報(ホテル検索&宿泊予約ができます) ・ 鹿児島県
鹿児島温泉(鹿児島市内温泉)&桜島  温泉宿一覧    鹿児島市内(鹿児島・桜島)  ホテル・旅館一覧
指宿温泉  空室検索    南薩(指宿・枕崎)  ホテル・旅館一覧
指宿温泉  温泉宿一覧
南薩(指宿・枕崎)  温泉宿一覧
吹上温泉  温泉宿一覧
   北薩(出水・川内)  ホテル・旅館一覧
市比野温泉  温泉宿一覧
宮之城温泉  温泉宿一覧
北薩(出水・川内)  温泉宿一覧
霧島温泉  空室検索    大隅地方(霧島・国分・志布志・鹿屋・内之浦)  ホテル・旅館一覧
霧島温泉  温泉宿一覧
妙見温泉  温泉宿一覧
大隅地方(霧島・国分・志布志・鹿屋・内之浦)  温泉宿一覧
種子島・屋久島  温泉宿一覧    種子島・屋久島  ホテル・旅館一覧
      奄美大島・喜界島・徳之島  ホテル・旅館一覧
      沖永良部島・与論島  ホテル・旅館一覧
【楽天トラベル】航空券+ホテルがセットになったANA楽パック ・ 鹿児島県
【楽天トラベル】航空券+ホテルがセットになったJAL楽パック ・ 鹿児島県


解説  :  <はじめに(感応寺の概要)>
  感応寺とは、薩摩国最古の寺として知られる、臨済宗 ・ 相国寺派の名刹(めいさつ)・古刹(こさつ)の寺です。行き過ぎた廃仏毀釈のために一旦は県内の寺院が全滅した鹿児島県においては、後に復興(復活)してくれた数少ない江戸時代以前からの寺であることと、後述するように島津氏宗家の最初の五代の墓「五廟社(ごびょうしゃ)」がある島津家菩提寺であることから、お寺巡り観光スポット上、特に貴重な寺です。また、詳しくは後述しますが廃仏毀釈のやり過ぎで一時は県内の寺が全滅した過去のある鹿児島県は、歴史が観光上のウリの県には珍しく「お寺巡り」系観光スポットが極めて少ない県なのですが、廃寺になった後で復活できた感応寺は、その「寺が少ない」鹿児島県では数少ない貴重な「お寺巡り」系観光スポットでもあります。

  数行で要約すれば上記で要点は尽きているのですが、以降、項目ごとに詳しく解説をいたします。なお、感応寺感応禅寺と呼ばれることもあり、また、旧字体の漢字を用いて感應寺,  感應禅寺等と表記されることもあります。

感応寺の歴史1:創建>
  鹿児島県高等学校歴史部会『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』山川出版社,2005)pp.142-143によれば、感応寺は、鎌倉時代初期の建久(けんきゅう)5年(1194年)に島津氏初代・島津忠久(しまづ ただひさ)の命令を受けた家臣の本田貞親(ほんださだちか)が、明菴 栄西(みんなん えいさい(「ようさい」とも読みます)開山(かいさん)として当地に創建したと伝えられているとの由です。栄西が、日本臨済宗の開祖であり、鎌倉 ・ 寿福寺京都 ・ 建仁寺開山として日本仏教史に名が残る名僧である旨は、余りにも有名ですので改めて解説を要さないと思います。

  なお、他宗派も併せれば、鹿児島県内、かつ旧薩摩国内では、和銅(わどう)元年(708年)創建説がある薩摩川内市(さつませんだいし)泰平寺真言宗)がありますので感応寺は最古ということにはなりませんが、寺では感応寺薩摩国最古との由です。また、日本最古の寺とされている福岡市聖福寺(しょうふくじ)栄西開山(かいさん)として創建されたのは、建久6年(1195年)です(注)。実は、上述の感応寺創建伝承年・建久5年(1194年)とは日付が逆転してしまっています。「『日本最古の寺』よりも、『(日本全体ではなく)或る県で最古の寺』の方が創建年が古い」というのは、矛盾していますが、詳細は不明です。フリー百科事典『ウィキペディア』 ・ 栄西によれば(内容は2010年12月参照時現在)、建久2年(1191年)の帰国後の栄西聖福寺建立(こんりゅう)前にも寺を建立していること、建久5年(1194年)に天台宗から栄西から排斥を受けて禅宗停止が宣下されていること、建久6年(1195年)の聖福寺建立は「日本最初の道場」としてのものであること、等が載っています。これらの内容からはもしかしたら、「建久5年(1194年)に天台宗から排斥される前の栄西はまだ天台宗にも籍があって臨済宗が独立しておらず、天台宗とは無関係に建立した最初の寺院が福岡市聖福寺なのであり、感応寺建立時点は未だ臨済宗独立前だったため、実際には修行が行われていてもタイミング上、臨済宗寺院として設立された訳ではなかった」等の事情がある旨を示唆しているのかも知れません。ただし、この事情は推測の域を出ず、確かめた上の史実ではない旨、誤解無きようお含み置き下さい。
(注) 聖福寺公式ホームページや、フリー百科事典『ウィキペディア』 ・ 栄西,  聖福寺(福岡市)による(内容は2010年12月参照時現在)


  いずれにせよ、鹿児島県感応寺福岡市聖福寺は、本当はどちらが古いか?」についてはともかくとして、日本の寺創始期の寺群の中の一つが感応寺であったということは言えると思います。感応寺のパンフレットによれば、九州各地に栄西が創建した七つの日本最初の寺の一つと記されています。上述のとおり、この時期の栄西は、建久2年(1191年)の帰国後、九州で布教していた時期です。建久5年(1194年)は天台宗から排斥を受けて禅宗停止が宣下された年ですので、天台宗から独立して新たに宗派を起こして寺を建立せざるを得ない状況に追い込まれていて、(仮にもしも、「建久5年(1194年)以前は栄西の僧籍が天台宗にあり、その時期に感応寺が建立されていた」という私の推測が正しかったとしても、)栄西天台宗から離脱した創始期に栄西の指導下にあった寺院の中の一つが感応寺だったのではないか、と考えています。つまり、この正に日本臨済宗創立時期の初期の7寺の中の一つが、感応寺ということになります。

  なお、感応寺のこの創建時期は、上述のような経緯により、薩摩国だけでなく日本全体でも、最も初期の寺(複数)の中の一つですので、全国の他の名刹・古刹の寺よりも歴史が古いです。例えば、鎌倉 ・ 寿福寺(正治2年(1200年)創建)や京都 ・ 建仁寺(建仁2年(1202年)建立)等の、後に栄西九州から離れた後で創建した「全国区」で有名な古刹よりも、さらに古い寺です。

感応寺の歴史2:中世の繁栄>
  松尾千歳鹿児島歴史探訪高城書房地方・小出版流通センター),2005)pp.20-21によれば、鎌倉時代末期に一時期衰退したとの由ですが、島津氏第4代の島津忠宗(しまづ ただむね)京都 ・ 東福寺の雲山(うんざん)和尚を中興開山に迎えて、東福寺に倣(なら)った七道伽藍を建てて感応寺を再興したとの由です。この七道伽藍が完成は、『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.142-143によれば忠宗から第5代・貞久(さだひさ)の代にかけて整備されたとの由ですので、忠宗の代1代では終わらなかった旨が窺えます。この時の建築規模は、感応寺パンフレット記載の文言によれば「七道伽藍九社十景の大堂」との由ですので、超巨大建築プロジェクトであった旨が窺えます。感応寺パンフレットによれば、雲山和尚は京都 ・ 東福寺第二世圓鑑禅師法嗣(ほうし、はっす)との由です。

  この圓鑑禅師(円鑑禅師)とは、コトバンク ・ 蔵山順空に載っている(リンク先URLは2010年12月現在)蔵山順空(円鑑禅師(圓鑑禅師))のことと拝察しますが、コトバンク ・ 蔵山順空では東福寺第二世ではなく第六世となっています。東福寺は上述のとおり正治2年(1200年)と鎌倉時代初期に創建されており、かつ鎌倉時代は100年以上続いており、さらにかつ島津忠宗 ・ 貞久の2代は鎌倉時代後半〜南北朝時代の時期の人物ですので、世代的には恐らく第二世は誤りであり、第六世の方が合っているのであろうと推測します。まぁ、このようなことは「伝言ゲーム」的な誤伝承の範囲であって話の本筋に悪影響があるものではありません。それよりはむしろ、後述するとおり廃仏毀釈が激しかった薩摩藩では、寺の文書は焼かれたりしてほとんど無くなり、復活できた寺でさえ寺の歴史を「伝言ゲーム」的に復元せざるを得ない状況に追い込まれた場合が多かったであろうと推測可能な状況下では、「この水準の情報伝達精度」で寺の歴史が残っている方が驚異的に珍しいとさえ言える、素晴らしい状況ですらあると考えます。可能な範囲で最善なリカバリー策を尽くした結果の情報精度なのではないでしょうか。いずれにせよ、雲山和尚は、上述のとおり圓鑑禅師法嗣であり、肥前国(現・佐賀県)高城寺(こうじょうじ)から感応寺に入寺したとの由です。

  感応寺のパンフレットによれば、この雲山和尚は、僧として優れた名僧であった模様です。それによれば、かつて室町幕府初代征夷大将軍 ・ 足利尊氏から「薩摩国の、社会に役立つ道場や人材」についての質問に対して島津貞久が「感応寺に雲山あり」と答えたところ、尊氏は使者を遣わして雲山和尚に(寺の?)由来と宗風を問うたとの由です。それに対して雲山和尚は答えずに、一喝(げ)をもって表したところ、足利尊氏は感嘆したとの話です。どこまで引用すれば著作権を侵さないか不明でしたので、引用しません。該当の喝文は、「感応寺公式ホームページ > 歴史(感応寺の沿革)ページ(画面)内の「尊氏と雲山」欄」に載っていますので、そちらでご参照可能です。また、『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.142-143によれば、雲山和尚が感応寺住職であった期間は、元亨(げんこう)3年(1323年)から康永(こうえい)3年(1344年)にかけての期間であったとの由です。
(注) ここでは、「喝」は「げ」と読みます。「かつ」ではありません。誤解を避けるべく念のため。


喝文の掲載先 →  ○   感応寺公式ホームページ > 歴史(感応寺の沿革)ページ(画面)内の「尊氏と雲山」欄へ
(ただし、リンク先URLは2010年10月現在)


  鹿児島県高等学校歴史部会『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』山川出版社,2005)pp.142-143によれば、足利尊氏感応寺を、五山制度に基づく寺格(じかく)の一つである諸山(しょざん) ・ 十刹(じっせつ、じっさつ)に列したとの由です。また、『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』pp.142-143によれば、さらに、室町幕府第3代征夷大将軍 ・ 足利義満感応寺足利家の祈祷所とする等の手厚い保護を与えたとの由です。

  先述のとおり中興の僧・雲山和尚が、東福寺第六世になった圓鑑禅師法嗣である経緯のため、感応寺のパンフレットによれば、後に明治初年(1968年)の廃仏毀釈で一旦廃寺になってしまうまでの間の期間の感応寺は、京都 ・ 東福寺の末寺だったとの由です。栄西・雲山の風を継承しながら、多くの名僧知識を輩出して栄えてきたとの由です。また、島津氏宗家の最初の五代の墓「五廟社(詳しくは後述)」がある島津家菩提寺としても令名が高い寺として、中世だけでなく、近世江戸時代が終わるまで続いて来ました。江戸時代感応寺の状況は、薩摩藩領の薩摩国,  大隅国,  日向国三州の地誌をまとめた当時の書物『三国名勝図会』にも載っています。『三国名勝図会』掲載の感応寺の絵は、感応寺公式ホームページにも載っています。

○   三国名勝図会』掲載の感応寺の絵  →  感応寺公式ホームページ > 歴史(感応寺の沿革)ページ(画面)
(ただし、リンク先URLは2010年10月現在)


感応寺の歴史3:廃仏毀釈による廃寺と復興>
  ところが、このように薩摩国屈指の名刹であった感応寺ですが、薩摩藩では明治初年(1968年)の廃仏毀釈のやり過ぎで領内の寺が全滅してしまいました。この全滅した寺の中の1寺として、極めて残念なことに、感応寺も一旦は廃寺になってしまいました。島津家菩提寺であった名刹の感応寺福昌寺でさえ廃寺になってしまった程ですから、当時の薩摩藩領内の廃仏毀釈がいかに凄まじいものであったかが、よく分かると思います。薩摩藩における廃仏毀釈について詳しくは、(当HP内の)福昌寺跡(島津家墓地)訪問記で調べた結果を述べてありますので、そちらでご参照いただけます。

○   薩摩藩廃仏毀釈について  →  (当HP内の)福昌寺跡(島津家墓地)訪問記ご参照


  感応寺パンフレットによれば、廃仏毀釈当時の住職は梅嶺(ばいれい)和尚という方との由で、廃仏毀釈によって一旦は強制的に還俗させられながらも、堪え忍んだ後に、明治13年(1880)年に臨済宗 ・ 相国寺末として再興することに成功したとの由です。再建できたとは申せ廃仏毀釈による崩壊は大きく、寺の存続は極めて厳しかった模様ですが、感応寺パンフレットから引用すれば、「35世(住職)真光(しんこう)和尚,36世(住職)恵徳(えとく)和尚の徳化と熱意そして檀信徒の外護により」、昭和46年(1971年)には本堂,昭和55年(1980年)には鐘楼が再建されたとの由です。そして、平成に入ってから後、仏像仏画の修復と、書院の再建が行われ、「日本最古の寺」としての景観を次第に取り戻しつつあるとの由です。

  鹿児島県高等学校歴史部会『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』山川出版社,2005)pp.142-143によれば、本尊の「十一面千手観音像」1躯と「脇立四天王像」4躯は共に県文化財であり、近年の修復によって、定朝の流れの院派の仏師・院隆の文安2年(1445年)の制作で、寄木造である旨が分かったとの由です。この「近年の修復」とは、上述で参照した感応寺パンフレットにある平成の仏像仏画修復のことと推測します。また、鹿児島県高等学校歴史部会『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』山川出版社,2005)pp.142-143によれば、感応寺にある「絹本着色雲山和尚像(けんぽんちゃくしょくうんざんおしょうぞう)」一幅も県文化財で、この絵は現存する県内最古の頂相(ちんそう)禅宗高僧の肖像画)であるとの由です。この頂相は、毎年4月5日の花祭りの日に一般公開されるとの由です。松尾千歳鹿児島歴史探訪高城書房地方・小出版流通センター),2005)pp.20-21によれば、この絹本着色雲山和尚像」は、徹堂(てつどう)和尚(住山1465〜99)が描かせたものであるとの由です。

  薩摩藩廃仏毀釈の際には、領内の仏教文化財は破壊されてしまったのですが、それにもかかわらず上述の貴重な文化財を破壊されずに残すことに成功できた理由は、感応寺パンフレットによれば、上述の廃仏毀釈時の梅嶺和尚が、仏像等を甕(かめ)に隠して守ったからであるとの由です。

五廟社について>
  先述のとおり、感応寺には、初代島津忠久公,2代島津忠時公,3代島津久経公,4代島津忠宗公,5代島津貞久公の、5代に渡る島津氏宗家当主が眠っておられ、この墓は五廟社と呼ばれています。島津氏宗家は、鹿児島県上野原縄文の森 ・ 埋蔵文化財情報データベース ・ 遺跡分布図検索 ・ 碇山城跡,ならびに城郭放浪記 ・ 薩摩・碇山城によれば南北朝時代初期の暦応2年/延元4年(1339年)頃に、鹿児島市ホームページ ・ 鹿児島市史等 ・ 郡山郷土史(平成18年3月発行) ・ 第6編 中世(PDF版)p.234記載の推測内容によれば建武4年/延元2年(1337年)までの間に、島津氏第5代当主・島津貞久公が、薩摩国 薩摩郡 平佐天辰(現・鹿児島県 ・ 薩摩川内(さつませんだい)市川内市地域大字(おおあざ)天辰町」)の碇山城いかりやまじょう)に拠点を移して、さらに、第5代当主・島津貞久が、南北朝時代の暦応4年(1341年)に鹿児島(現・鹿児島市)東福寺城を攻め落として本拠地を東福寺城に移すまでの間は、薩摩国 山門院(現・鹿児島県 ・ 出水市野田町地域 + 出水市高尾野町地域 + 出水市出水市地域の「庄(荘(この辺り(地図))?),六月田町(この辺り(地図))から下鯖淵(下鯖町(この辺り(地図))?),武本(この辺り(地図))」+阿久根市(あくねし)の「多田(この辺り(地図)),折口(この辺り(地図)),脇本(この辺り(地図))」)の木牟礼城きのむれじょう)を守護所として本拠地にしていました。貞久までの最初の5代の墓が感応寺にあり、感応寺島津氏宗家の菩提寺の一つである地理的な理由も、このためです。

  ところで、松尾千歳鹿児島歴史探訪高城書房地方・小出版流通センター),2005)pp.20-21によれば、島津氏は初代忠久から3代久経までの間は鎌倉在住であったとの由ですので、実際には薩摩国,  大隅国,  日向国には下向していなかったとの由です。詳しくは当ホームページ内の木牟礼城紹介欄で解説したとおり、たとえ定住しなかったとしても一度も薩摩国に行かなかった訳ではなかったとの由ですが、島津忠久本人は薩摩国 山門院(現・鹿児島県 ・ 出水市野田町地域 + 出水市高尾野町地域 + α)の木牟礼城きのむれじょう)には住まず、家臣の本田貞親に命じて木牟礼城を築かせたのだということです。さらに、歴史作家・桐野作人氏の公式ブログ膏肓記 ・ 「島津氏発祥地」はどこかによれば、島津氏発祥の地には出水説と都城宮崎県)説とがあり、いずれの説にせよ下向は確認できないとの由です。苗字から明らかなように島津氏の本貫の地は島津荘(しまづのしょう)であり、島津荘日向国中南部,薩摩国,  大隅国にまたがる日本一の大荘園で、その中心地は都城にありました。

  島津氏初代忠久は元々は摂関家に仕える武士で、その母・丹後内侍源頼朝の乳母だった縁で鎌倉幕府御家人として源頼朝に重用されるようになったことで知られています。島津忠久薩摩国,  大隅国,  日向国の三州(三国)との関係は、鎌倉幕府御家人として三州(三国)の守護だっただけでなく、島津荘の下司職でもあったためです。ところが、源頼朝の死後、建仁3年(1203年)の比企能員の変比企氏が滅びると、比企氏出身の丹後内侍の子である島津忠久は謀反人・比企能員の縁者として三州(三国)の守護職を奪われてしまいます。その後すぐに薩摩国守護職は返還されましたが、大隅国,  日向国守護職は北条氏に奪われたまま、鎌倉時代を通して戻って来ませんでした。

  このような経緯に基づけば、本貫の地・島津荘の中心地が日向国都城にあったとしても、薩摩国一国だけの守護になってしまったため、守護所を設けたのが薩摩国 山門院(現・鹿児島県 ・ 出水市野田町地域 + 出水市高尾野町地域 + α)の木牟礼城であったことは、建仁3年(1203年)以降の時点では不思議ではありません。一方で、上述のとおり都城は本貫の地です。島津氏発祥の地は都城,  出水両方共に正しいと言うことができ、その上でなお、鎌倉時代の本拠地は出水であり、しかし実際には鎌倉に在住していて最初の3代の当主は薩摩国下向せず、現地の業務は本田貞親ら家臣に任せていた模様です。木牟礼城築城時期も、鹿児島県高等学校歴史部会『鹿児島県の歴史散歩 歴史散歩 (46)』山川出版社,2005)pp.143-144や松尾千歳鹿児島歴史探訪高城書房地方・小出版流通センター),2005)pp.20-21記載の文治(ぶんじ)2年(1186年)説,松尾千歳鹿児島歴史探訪高城書房地方・小出版流通センター),2005)pp.20-21記載の建久8年(1197年)説,膏肓記 ・ 「島津氏発祥地」はどこか記載の薩摩国  守護再任時・建保元年(1213年)説と、諸説ある模様です。

  松尾千歳鹿児島歴史探訪高城書房地方・小出版流通センター),2005)pp.20-21によれば、島津氏が初めて九州下向したのは、3代久経蒙古襲来(元寇)に備えて、筑前国筥崎(はこざき;現福岡市東区箱崎)の防衛の任に就いた時との由です。久経は任地筥崎で病没したため、薩摩国に初めて下向したのは、4代忠宗の時のことであるとの由です。なお、フリー百科事典『ウィキペディア』 ・ 島津久経によれば、蒙古襲来(元寇)弘安の役の際の島津久経島津軍を率いての活躍の様子は、『蒙古襲来絵詞』にも描かれているとの由です。

  上述のとおり、5代貞久は、南北朝時代の暦応4年(1341年)に鹿児島(現・鹿児島市)東福寺城に本拠地を移します。これ以降は島津氏宗家の拠点は鹿児島市に移りました。鹿児島市移転後の島津氏宗家の菩提寺は曹洞宗福昌寺ですので、島津氏宗家の宗派も臨済宗から曹洞宗に宗旨替えしたことになるのですが、このような宗旨替えが行われた事情は存じ上げません。鹿児島市移転を実現させた島津貞久本人は福昌寺ではなく感応寺に葬られておられますので、島津貞久の代までは臨済宗であった旨が窺えます。このため、島津氏宗家の菩提寺は二つあり、最初の5代は感応寺に眠っておられ、それ以降の当主は福昌寺跡(島津家墓地)に眠っておられます。感応寺に眠っておられる島津氏宗家の最初の5代の墓が、五廟社です。なお、島津氏関連の五廟社以外の墓で、当ページ(当画面)作成時点・2010年12月以前に訪問したスポットを紹介すれば、以下のとおりです。

○   島津氏宗家の6代目以降の墓は  →  (当HP内の)福昌寺跡(島津家墓地)訪問記ご参照
○   加治木島津家の墓は  →  (当HP内の)長年寺跡と島津墓地・亀墓訪問記ご参照


  上記に加えて、上記以外も含めての島津氏諸家の墓は、以下のとおりです。
島津氏諸家の墓一覧表
(ただし、島津姓を名乗った家のみ。異姓庶流を除く。)
分類 所在地
宗家 出水市
いずみし
(当HP内の)感応寺(感応禅寺)・五廟社訪問記
島津氏最初の5代の墓
鹿児島市 本立寺跡(別名:五道院。鹿児島市における島津氏最初の5代の墓)
鹿児島市における、島津氏最初の5代の墓。島津氏最初の5代の墓の本墓は鹿児島県 ・ 出水市野田町地域感応寺にありますが、鹿児島市にも最初の5代の墓があります。)
(当HP内の)福昌寺跡(島津家(宗家)墓地)訪問記
島津氏6代目以降の墓
仏智山津友寺跡(島津忠治公の墓石)
南さつま市 島津忠国公の墓
霧島市 島津義久公の墓所(金剛寺跡)
島津義久公の墓(徳持庵跡)
遠寿寺跡(島津義久公夫人の墓)
日置市 島津立久公墓地跡
志布志市 即心院跡(島津氏久公の墓)
東串良町
ひがしくしらちょう
島津氏久公の逆修宝塔
和歌山県  伊都郡
高野町
高野山の薩摩島津家の墓(この辺り(地図)
(和歌山県伊都郡高野町奥の院参道。地図は、じゃらんnet ・ 薩摩島津家の墓掲載地図に基づくものです。楽天トラベル ・ たびノートでも高野山奥之院として、全国旅そうだんでも薩摩島津家の墓として、じゃらんnetでも薩摩島津家の墓として、「歴史の旅&外出」の記録でも高野山「奥の院」に圧倒され の中で紹介されています。総本山金剛峯寺解説がある高野山高野山奥之院にある、島津氏の墓です。)
京都府  京都市 今熊野観音寺解説)(地図)・島津義久公逆修墓
(住所:京都府京都市東山区泉涌寺山内町32,Tel.:075-561-5511。今熊野観音寺地図は、泉涌寺解説)(地図塔頭(たっちゅう)の中の1つであり、西国三十三所第十五番札所等の巡礼の札所になっている寺です。南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌 ・ 〈60〉京都の島津家ゆかりの墓(下)によれば、戦国時代から江戸時代にかけてのの島津氏宗家第16代当主・島津義久公の逆修墓があるとの由です。逆修墓とは、死後の冥福を祈って生前に予め建立(こんりゅう)した墓であるとの由です。)
本能寺公式HP,  解説)(地図)・島津義久公夫人の墓
(住所:京都府京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522,Tel.:075-231-5335。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ・ 本能寺等によれば、今日の本能寺は、天正10年(1582年)の本能寺の変織田信長が討ち死にした本能寺跡(京都府京都市中京区小川通蛸薬師元本能寺町,地図)から、天正19年(1591年)に豊臣秀吉が移転させて現在地(地図)に移ったため、かつての場所とは異なる場所にあるとの由です。南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌 ・ 〈58〉京都の島津家ゆかりの墓(上)によれば、移転先の方の今日の本能寺の寺域には、戦国時代から江戸時代初期にかけての島津氏宗家第16代当主・島津義久公の夫人の墓があり、その刻銘によれば、没年月日は元亀3年(1572年)12月23日で、戒名(院号)は「円信院殿妙蓮幽儀」と書かれているとの由です。南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌 ・ 〈58〉京都の島津家ゆかりの墓(上)によれば、この没年月日と戒名に相当する人物は、種子島時尭の娘(島津義久後室)であるとの由です。なお、種子島時尭の娘(島津義久後室)は、島津義久公や島津義弘公の従兄弟である島津以久の嫡男・島津彰久の夫人になった島津新城と、島津義弘公の嫡男・島津久保、ならびに島津久保島津義弘公の次男で後に島津氏宗家第18代当主(兼)薩摩藩初代藩主になった島津忠恒(家久)公の夫人の島津亀寿の、2人の娘の母親です。
  戦国島津の女達(戦国島津女系図) ・ 種子島時尭女(島津義久後室)によれば、種子島時尭の娘(島津義久後室)の墓は、
本能寺の他にも、鹿児島県 ・ 霧島市国分市地域遠寿寺跡と、鹿児島県 ・ 鹿児島市福昌寺跡にもあるとの由です。)
東京都  杉並区 泉谷山大円寺(泉谷山大圓寺)島津斉興公正室賢章院弥姫供養塔)(地図
(東京都杉並区和泉3-52-18。曹洞宗フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも大円寺(杉並区)として、南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌でも〈54〉島津ゆかりの大円寺として紹介されています。南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌 ・ 〈54〉島津ゆかりの大円寺によれば、島津氏宗家第27代当主(兼)薩摩藩第10代藩主・島津斉興公の正室で、島津氏宗家第28代当主(兼)薩摩藩第11代藩主・島津斉彬公の生母である賢章院(けんしょういん)弥姫(いよひめ)と、2歳で夭折した島津斉興公の妹・智涼院の供養塔がある以外には、墓石や供養塔は見つけられなかったとの由ですが、江戸時代に、江戸における島津氏の菩提寺だった寺です。江戸時代には江戸の芝・伊皿子(いさらご)町(現・港区三田3丁目)にあったとの由ですが、明治41年(1908年)に現在地に移転したとの由です。明治維新後の廃仏毀釈に伴う島津氏神道への改宗によって今日では菩提寺ではなくなっているとの由です。南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌 ・ 〈54〉島津ゆかりの大円寺によれば、江戸時代末期の江戸芝・伊皿子町にあった時には、天璋院篤姫が養父・島津斉彬公のために建てた供養塔があったとの由ですが、現在地の寺を訪れても、島津斉彬公の供養塔は発見できなかったとの由です。)
庶流 鹿児島市 平松神社(心岳寺跡;島津歳久公墓石)
鹿籠殿墓(かごどんばか;喜入家島津忠俊夫妻の墓)
指宿市
いぶすきし
今和泉島津家墓地
南九州市
知覧
知覧島津家墓地(佐多氏)
南さつま市 竹田神社(日新斎島津忠良,島津尚久墓所)
常珠寺跡(相州島津家墓地)
霧島市 島津忠将公供養塔
姶良市
あいらし
(当HP内の)長年寺跡と島津墓地・亀墓(加治木島津家墓地)訪問記
能仁寺墓地(加治木島津家墓地)
総禅寺墓地(豊州島津家(帖佐島津家)墓地)
越前島津家(重富島津家)墓地
日置市 多宝寺跡(石亀神社、伊作島津家墓地)
梅天寺跡(島津家久公の墓)
天昌寺跡(永吉島津家歴代墓)
日向国佐土原(さどわら;現・宮崎県 ・ 宮崎市佐土原町地域)の天昌寺を、移設したものです。)
大乗寺跡(日置島津家墓地)
光禅寺跡(島津歳久公夫人、島津常久夫妻の墓)
桂山寺跡(島津忠隣、赤山靭負の墓)
薩摩川内市
さつませんだいし
豊州島津家墓地
出水市
いずみし
薩州島津家墓地
さつま町 宗功寺公園(宮之城島津家墓地)
興詮寺(佐志島津家菩提寺,島津御下の墓)
垂水市
たるみずし
垂水島津家墓地
新城(しんじょう)島津家墓地
鹿屋市
かのやし
花岡島津氏歴代墓地
市成島津氏・敷根忠頼の墓
宮崎県  都城市 兼喜(けんき)神社(北郷氏(都城島津氏))
都城島津家墓地(龍峯寺跡)
仁厳(にごん)寺跡(北郷忠能夫妻の墓)
豊幡神社(山久院跡,都城島津氏初代・北郷資忠墓地)
釣こう院跡(都城島津氏墓所)
宮崎県  三股町
みまたちょう
都城島津家三代北郷(ほんごう)久秀・弟忠通の墓
宮崎県  宮崎市
佐土原町地域
前島津 家久豊久公墓地(天昌寺跡)この辺り(地図)
(住所:宮崎市佐土原町上田島。佐土原島津氏島津家久公,島津豊久公)の墓地。宮崎市の教育情報サイト アイビーネット ・ 広報「教育宮崎市」 ・ 第170号(H24.7) ・ まちの広場・みやざき市の文化財(PDF版)によれば、宮崎市立佐土原中学校地図(〒880-0301 宮崎市佐土原町上田島8476番地)の北西隣にあるとの由です。薩摩国 永吉(現・鹿児島県 ・ 日置市吹上町地域大字(おおあざ)吹上町永吉」)の天昌寺に移転されました。)
高月院地図
浄土宗。住所:宮崎市佐土原町上田島8079-3,Tel.:0985-74-0629。佐土原島津氏佐土原藩島津氏)の墓地)
【楽天トラベル・たびノート】大光寺地図
臨済宗 妙心寺派。住所:宮崎市佐土原町上田島767,Tel.:0985-74-0345。佐土原島津氏佐土原藩島津氏)の第5代藩主・島津惟久と第6代藩主・島津忠雅の墓があるとの由です。宮崎県の「山」と「観光地」・「行楽地」 ・ 宝塔山 松巌寺 愛宕神社 大光寺 宝塔山稲荷神社 多楽院 崇称寺(しゅうしょうじ) 御牧赤報の墓 茶屋稲荷 茶屋遺跡によれば、島津惟久島津忠雅の墓は当初は自得寺にあり、慶応4年(1868年)からの廃仏毀釈で自得寺が廃寺になった後に、大光寺地図に移転されたとの由です。<宮崎編> ・ <自得寺>,ならびに「宮崎観光」と「宮崎の山」、写真 by 南陽彰悟 [橋詩人] ・ 佐土原城跡、鶴松館(花しょうぶ祭り)、高月院、鬼子母神(吉祥寺)、天昌寺跡によれば、自得寺跡は、愛宕神社地図(宮崎市佐土原町上田島789)最寄りにあるとの由です。)
宮崎県  日南市
飫肥地区
島津忠朝の墓(この辺り(地図)
(宮崎県日南市板敷。島津忠朝は、島津氏庶流の豊州家第3代当主で、日向国飫肥(おび;現・宮崎県 ・ 日南市 ・ 飫肥地区)の飫肥城解説,  地図城主。場所については、みやざきデジタルアーカイブ ・ 宮崎県埋蔵文化財センター ・ 刊行物等 ・ 発掘調査報告書一覧(第201集〜) ・ 宮崎県埋蔵文化財センター発掘調査報告書 第220集「日南市所在 飫肥城下町遺跡 宮崎地方家庭裁判所日南支部新営工事に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書(2012)」p.1記載の地図「図1 今回の調査地及び飫肥城下町の周辺図」によるものです。むとうすブログ ・ 島津家墓参によれば、日向国の太平山安国寺の廃寺跡であると伝えられる墓地であるとの由です。)
岐阜県  大垣市 島津豊久碑(島津塚(島津豊久の墓))(地図
(大垣市上石津町牧田741。全国旅そうだんでも島津豊久の碑として、じゃらんnetでも島津豊久の碑として、関ヶ原観光Web(関ケ原町地域振興課)でも島津豊久碑として、南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌でも〈305〉島津豊久の最期と埋葬地・上として紹介されています。島津家久公の子であり、島津義弘公の甥である日向国佐土原(さどわら;現・宮崎県 ・ 宮崎市佐土原町地域佐土原城地図城主で、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで戦死した、島津氏の武将・島津豊久の、関ヶ原古戦場岐阜県  不破郡  関ケ原町一帯)最寄りにおける顕彰碑です。地図で示した位置(場所)は、関ヶ原観光Web(関ケ原町地域振興課) ・ 島津豊久碑によるものです。この地は、島津豊久のが討ち死にした場所との伝承がありますが、南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌 ・ 〈305〉島津豊久の最期と埋葬地・上によれば、同時代史料『雑抄(『旧記雑録後編三』一三八五号)』記載内容との間に相違があるため、実は伝承の域を出ない可能性が高いとの由です。
瑠璃光寺地図),その最寄りの島津豊久の墓(地図
(住所:〒503-1623 岐阜県大垣市上石津町上多良960−1,Tel.:0584-45-2118。南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌でも〈306〉島津豊久の最期と埋葬地・中,  〈307〉島津豊久の最期と埋葬地・下として、Na-Ten-Rohでも新年早々、「お豊」のお墓にお参りしてきました。として紹介されています。瑠璃光寺地図島津豊久の墓(地図は、島津豊久碑同様に、島津家久公の子であり、島津義弘公の甥である日向国佐土原(さどわら;現・宮崎県 ・ 宮崎市佐土原町地域)の佐土原城地図城主で、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで戦死した、島津氏の武将・島津豊久の、関ヶ原古戦場岐阜県  不破郡  関ケ原町一帯)最寄りにおける墓です。島津豊久の墓(地図の位置(場所)は、Na-Ten-Roh ・ 新年早々、「お豊」のお墓にお参りしてきました。に掲載の写真付き地図の情報に基づくものです。南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌 ・ 〈306〉島津豊久の最期と埋葬地・中,  〈307〉島津豊久の最期と埋葬地・下によれば、この墓も実は島津豊久の墓と特定化し難いものであるとの由です。江戸時代の後世、薩摩義士の悲劇が発生した宝暦治水の際に、島津家久公、島津豊久の系統の家系の島津氏庶流の家・永吉島津家の家臣・岡野新次則衍(のりのぶ)が島津豊久の墓所探しをしていたところ、この地にあった薩摩塚の話を聞いて訪れたのが発端であるとの由です。薩摩塚であったため、関ヶ原の戦いで戦死した薩摩武士の墓であることは確かであるものの、島津豊久の墓と特定化できた訳では無かったところ、いつの間にか当地で島津豊久の墓であるとの伝承になっていたものであろうとの由です。)
京都府  京都市 龍池山大雲院(銅閣)地図)・島津以久の墓
(住所:京都府京都市東山区祇園町南側594-1。南日本新聞社公式WEBサイト「373news.com」 ・ さつま人国誌 ・ 〈59〉京都の島津家ゆかりの墓(中)によれば、龍池山大雲院地図には、戦国時代から江戸時代にかけての島津氏庶流の武将・島津以久の墓があるとの由です。島津以久は、日新斎(じっしんさい)島津忠良公の次男で大隅国国分(こくぶ;現・鹿児島県 ・ 霧島市国分市地域)の国分清水城こくぶきよみずじょう城主だった島津忠将の子、つまり、島津氏宗家第16代当主・島津義久公,島津義弘公,島津歳久公,島津家久公の島津氏四兄弟の従兄弟です。晩年近くに日向国佐土原(さどわら;現・宮崎県 ・ 宮崎市佐土原町地域)の佐土原城地図を居城とする佐土原藩の初代藩主になった人物です。また、島津以久の嫡孫・島津久信島津以久の嫡男・島津彰久(しまづ てるひさ)の子)は、大隅国垂水(たるみず;現・鹿児島県 ・ 垂水市)の林之城(林城)を拠点とする江戸時代島津氏庶流の垂水島津家(垂水島津氏)を継承しました。つまり、島津以久は、佐土原藩 島津家と垂水島津家の祖先となった人物です。)

この画面のトップへ(上方に戻る)


<近隣の観光スポット>
  感応寺は、島津氏最初の5代の薩摩国統治の本拠地地域にあることもあり、周囲は歴史観光スポットが豊富です。寺社仏閣も含めれば徒歩圏内に以下のようなスポットがあり、肥薩おれんじ鉄道 ・ 野田郷駅地図)で下車して一日散策をすれば、歴史散策を楽しむことができ、イチオシでお薦めのエリアです。
出水市 ・ 肥薩おれんじ鉄道野田郷駅地図)周辺の歴史散策コース案内
カテゴリー(分類) 観光スポット
野田郷駅地図)の北側 感応寺
筥崎神社地図
(出水市野田町下名5737,感応寺境内)
俊寛僧都碑
熊野神社(野田)
龍尾神社
一之宮神社地図
(出水市野田町下名6303-1)
霧島神社(野田)地図
(出水市野田町下名6372)
木牟礼跡きのむれじょうあと
稲荷神社(野田)
野田郷駅地図)の南側 野田郷武家屋敷通り
出水市野田史料館
八坂神社(野田)
伊勢神社(野田)
小松神社地図
(出水市野田町上名311)
弓林神社地図
(出水市野田町上名5866)
菅原神社(野田)地図
(出水市野田町上名5798)
亀井山城跡
新城跡若宮神社

この画面のトップへ(上方に戻る)


鹿児島県+宮崎県の一部の旧薩摩藩領の、廃仏毀釈後に再興した寺院
  また、鹿児島県と「宮崎県の一部」の旧薩摩藩領で、廃仏毀釈後に復興した歴史の古い寺院は、私(当HP管理人)が知る限り、以下のとおりです。ただし、以下は私(当HP管理人)が気づいたものであり、気づいていない他の寺院はあるかも知れません(誤解を避けるべく念のため)。
鹿児島県と「宮崎県の一部」の旧薩摩藩領で、廃仏毀釈後に復興した歴史の古い寺院
(ただし、2016年7月現在までに発見したもの。)
所在地
(移転した場合、移転前)
宗派 寺院
廃仏毀釈 移転復興先
鹿児島市 曹洞宗 福昌寺(鹿児島市)
(跡地は現福昌寺跡薩摩藩主・島津氏宗家の菩提寺であり、福昌寺跡には、島津氏宗家の6代目以降の当主の墓島津家墓地があります。)
福昌寺(薩摩川内市)
福昌禅寺
鹿児島県 ・ 薩摩川内市さつませんだいし川内市地域に移転再興)
曹洞宗 松原山南林寺
(当時の場所は現松原神社,  南林寺由緒墓,  南洲寺
松原山大中寺
山号は変えずに寺号を改名した上で、同一市内で移転再興。松原山大中寺には、宝暦治水事件における薩摩義士の墓があります。)
時宗 浄光明寺
南洲墓地にあります。)
浄土宗 不断光院
(当時の場所は、現・南風病院地図の辺り)
養泉山無量寺不断光院
(同一市内で移転再興)
高野山真言宗 大乗院
(当時の場所は、清水城の山城の麓の居館跡で、現・鹿児島市立清水中学校地図
高野山最大乗院
(同一市内で移転再興)
法華宗本門流 正建寺
(所在地がかつてのままであるか、それとも移転した上での再建であるのかは、確認できず不明。)
曹洞宗

真言宗
金剛院派
深固院 深固院龍源寺
(同一場所で、曹洞宗から真言宗 金剛院派(照真秘流)に宗派を変更して再興)
曹洞宗 清泉寺 清泉寺観音堂
(同一市内の隣接地に、恐らくは鹿児島県 ・ 日置市伊集院町地域妙円寺が中心になって、名跡(みょうせき)を継いだ清泉寺観音堂として再興)
天台宗 南泉院
(当時の場所は鶴丸城(鹿児島城)の城内西域の現照国神社。当時は、同所にあった鹿児島東照宮別当寺でした。)
大雄山南泉院
鹿児島市郡山町地域に移転再興)
指宿市
いぶすきし
曹洞宗 正平山光明寺 源忠山光明禅寺
(再興寺院ではない可能性もあり得ますが、山号安泰山源忠寺寺号正平山光明寺と、廃仏毀釈で廃寺になった指宿市の寺と同じ名前です。場所も正平山光明寺跡辺りにあり、継承している文化財もあります。)
霧島市 高野山真言宗 華林寺
(かつての江戸時代華林寺は、西御在所霧島権現(現・霧島神宮別当寺でした。また、華林寺跡は、「坂本龍馬・おりょうの日本初の新婚旅行」ゆかりの観光スポットの中の一つでもあります。)
花林寺
(同じ姶良郡 霧島町(現・霧島市霧島町地域)内で移転再興)
姶良郡
湧水町
真言宗

白嶽教
真言宗
般若寺
姶良市
あいらし
臨済宗
相国寺
大平山安国寺
大平山安国寺境内には、安土桃山時代から江戸時代にかけての薩南学派儒学者として知られる臨済宗の僧侶・南浦文之の墓があります。)
高野山真言宗 護国山法城院
(復興後の現所在地が、廃仏毀釈前の所在地と同じであるか否かは不明ですが、もしも異なっていたとしても、同じ姶良市加治木町地域内での移転再興です。)
曹洞宗 紹隆寺
紹隆寺には、越前島津家墓地(重富島津家墓地)があります。)
日置市 曹洞宗 妙円寺
(当時の場所は現徳重神社妙円寺参り妙円寺詣り発祥の寺です。)
妙円寺
(同一市内で隣接地に移転再興。妙円寺参り妙円寺詣り発祥の寺です。)
天台宗 中島常楽院
中島常楽院は、薩摩国大隅国日向国三国の盲僧の監督寺だったという視覚障害者の僧侶の「盲僧寺」の名刹だった寺であり、薩摩琵琶発祥の寺です。)
妙音寺常楽院

中島常楽院
(「恐らくは」というただし書き付きですが、今日の中島常楽院は、日置市市内で移転再興した妙音寺常楽院の子院と推測します。中島常楽院では、毎年10月12日に九州各地の僧が一堂に集って、薩摩琵琶、ホラ貝、鉦、横笛など8種類の楽器で古典音楽が奏でられる、鹿児島県指定民俗文化財の「妙音十二楽」が開催されます。)
いちき串木野市 高野山真言宗 冠岳山岳信仰エリア
廃仏毀釈 近年復興後
冠嶽山鎭國寺頂峯院
(かつては冠岳エリア内・今日の冠嶽園の場所にあったとの由です。)
冠嶽山鎭國寺頂峯院
(昭和53年(1983年)に、冠岳エリア内で、現在地に場所を移して移転再興。)
冠嶽山鎭國寺頂峯院,  冠嶽園,  冠嶽神社等がある、古代から山岳信仰が盛んだった冠岳の他のスポットや総合案内リンク先については、(当HP内の)「北薩・中薩摩観光案内」ページ内の「冠岳」総合案内欄に載っています。

薩摩川内市
さつませんだいし
真言宗 泰平寺
(天正14年(1586年)7月〜同15年(1587年)4月の豊臣秀吉九州征伐(九州平定)の際に、島津氏宗家第16代当主・島津義久公が豊臣秀吉に降伏しに訪れた寺です。)
出水市
いずみし
臨済宗 感応寺
島津氏宗家の最初の5代の墓五廟社があります。我が国で最も古い禅寺群の中の1寺です。)
曹洞宗 龍光寺
島津氏庶流の薩州家(薩州島津家)の菩提寺であり、龍光寺跡には薩州島津家墓地があります。)
龍光寺
(同一市内で移転再興)
高野山真言宗 東光寺
廃仏毀釈以前に江戸時代には既に廃寺になっていた寺院です。『三国名勝図会』によれば、江戸時代には松尾観音堂が残っていたとの由であり、具体的な場所は存じ上げませんが、この松尾観音堂は現存しているとの由です。)
一乗院
(同じ場所での再興であるのか、それとも同一市内での移転再興であるのかは損挙げませんが、東光寺の再建寺院という位置づけの寺であるとの由です。なお、江戸時代までの間、薩摩国 川辺郡(かわなべぐん) 坊津(ぼうのつ;現・鹿児島県 ・ 南さつま市坊津町地域)にあった一乗院(現一乗院跡とは無関係であるとの由です。)
出水郡
(いずみぐん)

長島町
曹洞宗 長光寺
(所在地がかつてのままであるか、それとも移転した上での再建であるのかは、確認できず不明。)
薩摩郡
さつま町
真言宗

浄土真宗本願寺派
松尾山淨菩提院興全寺
松尾山淨菩提院興詮寺
江戸時代には薩摩国 鹿児島郡 鹿児島(現・鹿児島市鹿児島市地域)の大乗院(現・高野山最大乗院)の末寺であり、真言宗の寺院だったとの由です。)
興詮寺
(今日では宗派が異なる浄土真宗本願寺派の寺院ですが、江戸時代の建物が現存しています。)
志布志市
しぶしし
臨済宗 大慈寺
廃仏毀釈で一旦廃寺になる以前には、一時期は、五山の下、諸山の上の十刹寺格を誇ったこともある全国区の名刹だった時期がある古刹です。)
律宗
真言律宗系)

高野山真言宗
宝満寺 宝満寺観音堂宝満寺跡

宝満寺
(当初は寺院組織として再興した訳ではありませんでしたが、宝満寺観音堂が再興され、庭園跡地は宝満寺公園として整備されました。さらに、近年、宗派が異なる高野山真言宗の寺院として、名跡を継いだ模様である宝満寺が設けられた模様です。)
曽於市
そおし
不明
(現在無住)
霊岩山仙遊寺観音窟
霊岩山仙遊寺廃仏毀釈以前に江戸時代には既に廃寺もしくは無住になっていた模様であり、『三国名勝図会』には観音窟として載っています。江戸時代の御本尊・聖観音(しょうかんのん)は現在では失われているとの由ですので、観音窟としても、廃仏毀釈で廃寺になった模様です。)
岩屋観音
久保崎観音堂岩屋観音は、明治27年(1894年)に吉田一円が再興して住僧・堂守になっていたとの由ですが、その没後は、再び無住になった模様です。今日の岩屋観音の御本尊は、吉田一円が彫った長谷寺十一面観音であるとの由です。)
種子島
西之表市
本門法華宗 本源寺
本源寺種子島氏の菩提寺であるとの由です。本源寺がある場所は、戦国時代の天文12年8月25日(1543年9月23日)の鉄砲伝来時の種子島氏第14代当主・種子島時尭(たねがしま ときたか)の最初の館である種子島時尭居館跡であるとの由であり、永禄5年(1562年)に移されたとの由です。以来、廃仏毀釈で一時期廃寺になっていた後も、同じ場所に本源寺は再興されたとの由です。)
屋久島
熊毛郡
くまげぐん
屋久島町
法華宗本門流 久本寺
宮崎県
えびの市
天台宗 三徳院
三徳院は、江戸時代には、鹿児島県 ・ 日置市吹上町地域中島常楽院と同様に、視覚障害者の僧侶の「盲僧寺」の名刹だった、薩摩琵琶史でも知られる寺でした。廃仏毀釈で一旦廃寺になった筈(はず)の後に再興した際に、江戸時代と同じ場所での再興であるのか移転再興であるのかは調べても分かりませんでした。三徳院は、九州桶狭間と呼ばれる、戦国時代の元亀3年(1572年)の木崎原の戦い(戦場跡は、飯野(いいの;現・宮崎県 ・ えびの市の1966年までの旧飯野町地域)の木崎原古戦場跡)関連スポットとしても知られています。)
宮崎県
都城市
みやこのじょうし
高野山真言宗 天長寺
曹洞宗

真言宗
石山観音寺
宮崎県
東諸県郡
国富町
天台宗 法華嶽薬師寺
宮崎県
宮崎市
日蓮宗 本永寺 本永寺
宮崎県 ・ 宮崎市高岡町地域内で移転再興。)

この画面のトップへ(上方に戻る)


北薩・中薩の温泉と観光スポット  : 
北薩・中薩の温泉・温浴施設の入湯記と、北薩・中薩の観光の訪問記
吹上温泉郷(日置市) みどり荘
川内市街地温泉 川内ホテル・川内温泉センター
(ホテルの温泉ですが、温泉銭湯として安く入湯できます)
温泉平佐城(平佐城温泉)
藺牟田温泉(薩摩川内市) いこいの村いむた池
紫尾温泉(さつま町) 紫尾区営温泉「神の湯」
日置市の観光 さつま湖公園
妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
一宇治城跡(伊集院城跡;城山公園)
いちき串木野市の観光 薩摩金山蔵
(焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処)
薩摩川内市街地の観光 川内川花火大会
新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
泰平寺
薩摩国分寺跡史跡公園
川内歴史資料館
川内まごころ文学館
川内戦国村
(鹿児島県の歴史を紹介するテーマパーク(兼)博物館。村内に展示館「西郷記念展」があります。)
川内原子力発電所展示館
きやんせふるさと館
鉄道 肥薩おれんじ鉄道
出水市の観光 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
出水市ツル観察センター
出水麓武家屋敷群
出水市出水駅観光特産品館「飛来里」
日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)



鹿児島県内の寺社仏閣観光スポット訪問記

 : 
鹿児島県の寺社仏閣観光スポットの訪問記
カテゴリー 地域 訪問or体験したスポット
天孫降臨伝説日向神話 霧島周辺 霧島神宮
(天孫降臨伝説のニニギノミコトが祭神。良い神社が多い鹿児島県内でも、特に別格的にお薦めの神社)
霧島神宮古宮址
高千穂峰登山(霧島神宮御神体:天孫降臨の場所)
薩摩川内市 新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
霧島市 鹿児島神宮(大隅国一宮)
高屋山上陵
(日向神話の彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト,別名・火遠理命(ホオリノミコト),山幸彦)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
その他 鹿児島市(含む桜島) 照国神社
(島津斉彬公を祭神とする、鹿児島市を代表する神社)
猫神神社
(島津家別邸・名勝 仙巌園(磯庭園)にあります)
南洲神社・南洲墓地
(西郷隆盛命を祭神とする神社と、西郷隆盛ら西南戦争薩軍戦死将兵を合葬した墓地)
荒田八幡宮
福昌寺跡(島津家墓地)
南洲寺(僧月照の墓)
南林寺由緒墓
松原神社
大中寺(薩摩義士の墓)
慈眼寺公園(慈眼寺跡)
谷山神社
霧島エリア 和気神社
隼人・国分・姶良地域 蒲生八幡神社
長年寺跡と島津墓地・亀墓
加治木護国神社(加治木島津館跡)
日置市 妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
薩摩川内市 泰平寺
薩摩国分寺跡史跡公園
出水市 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)
さつま町 紫尾神社(紫尾区営温泉「神の湯」入湯記)
志布志市 大慈寺
屋久島 益救神社(最南端の式内社,旧多禰国一宮)
屋久島大社
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧に目次があります。



鹿児島県の中世〜近世史関連観光スポット訪問記

 : 
鹿児島県内の中世〜近世史観光スポット訪問記(寺社仏閣,幕末維新期以外)
カテゴリー 地域 訪問 or 入湯したスポット
城,
武家屋敷,
鹿児島市 鶴丸城(鹿児島城)
東福寺城址(多賀山公園)
知覧 知覧武家屋敷群
姶良市 加治木島津館跡(加治木護国神社)
日置市 一宇治城跡(伊集院城跡;城山公園)
出水市 出水麓武家屋敷群
博物館
(産業遺産や産業観光施設や民俗資料展示館その他で、展示内容や解説内容が藩政期にまたがる施設を含む)
鹿児島市 尚古集成館
(島津斉彬公による集成館事業の産業遺産(兼)建築遺産の建物内の歴史博物館)
鹿児島県歴史資料センター黎明館
示現流兵法所史料館(示現流史料館)
指宿市 岩崎美術館・工芸館
(工芸館棟では、里帰りの古薩摩(薩摩焼)や、藩政期民俗資料として、旧薩摩藩領独特の道祖神と言える田の神(タノカンサァ)が展示されています。)
指宿白水館
(当HP管理人入湯時に温泉旅館内ギャラリーで展示されていた莫大なコレクションを展示する博物館として、後日2008年、併設の薩摩伝承館がオープンしました。)
知覧 ミュージアム知覧(南九州市立博物館)
(中世の知覧城遺跡関連の展示博物館)
いちき串木野市 薩摩金山蔵
(芋焼酎醸造元見学(兼)藩政期以来の串木野金山)
霧島市 霧島市立隼人歴史民俗資料館
(中世〜近世では、大隅国一の宮・鹿児島神宮関連文書,民具,郷土芸能に関する資料が展示されています。)
薩摩川内市 川内歴史資料館
川内戦国村
(鹿児島県の歴史を紹介するテーマパーク(兼)博物館)
屋久島 屋久杉自然館
(ユネスコ世界遺産の自然博物館(兼)林業産業博物館)
建築遺産 鹿児島市 石橋記念公園・石橋記念館(祇園之洲公園)
その他(島津氏,  薩摩藩関連等) 鹿児島市 島津家別邸:名勝 仙巌園(磯庭園)
薩摩義士碑
平田公園(平田靱負屋敷跡&平田靱負銅像)
福昌寺跡(島津家墓地)
ザビエル滞麑記念碑(ザビエル公園)
指宿温泉 二月田温泉殿様湯
(薩摩藩主の温泉別荘跡の立ち寄り湯)
霧島温泉 霧島いわさきホテル
(緑渓湯苑は、薩摩藩の許可を得て開湯され、島津忠義が避暑地とした栄之尾(えのお)温泉の温泉施設です。)
姶良市 長年寺跡と島津墓地・亀墓
出水市 感応寺
島津氏最初の5代の墓・五廟社があります。)
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧,  温泉入湯記一覧に目次があります。



感想  :    感応寺は、境内に島津氏の最初の5代の墓があり、また、廃仏毀釈によって一旦は県内の寺が全滅してしまったために、歴史がウリの県であるにもかかわらず「お寺巡り」系観光スポットが豊富ではない鹿児島県においては、数少ない貴重な「お寺巡り」系観光スポットですので、以前から是非とも一度訪れたいと思っていたお寺でした。しかし、かつて鹿児島県に住んでいた時には「何時でも行ける」と思っている内に行きそびれたまま、残念ながら名古屋市に転勤になってしまいました。

  2010年11月に、所属する学術学会「日本情報経営学会」の全国大会が熊本学園大学であり、九州に行く機会があったため、ついでに第2の故郷・鹿児島県に自称「帰省」する機会を設けることにしました。鉄道マニアでもある私は、日本情報経営学会全国大会終了後に九州新幹線に乗って出水駅に行き、出水駅肥薩おれんじ鉄道に乗り換えて、肥薩おれんじ鉄道の楽しい鉄道旅行と兼ねて、憧れのスポット「感応寺」に行くことにしました。実は出水駅では駅弁を探している内に肥薩おれんじ鉄道に乗り遅れてしまい(涙)、往路はタクシーになってしまったのですが、復路は感応寺最寄りの野田郷駅から出水駅まで肥薩おれんじ鉄道に乗ることができ、感応寺肥薩おれんじ鉄道という、以前から憧れていた場所や列車を堪能することができました。

  訪れてみると感応寺は心落ち着く静寂なとても良い寺で、来てみて良かったと思いました。住職さん(←多分)が本堂の仏様を眺めても良いと本堂に上げて拝観させて下さったりして、お寺のおもてなしも、親切でとても素晴らしいものでした。また、歴史好きの私にとっては、島津氏宗家の最初の5代の墓「五廟社」を拝観することができたことも、感動できることでした。「五廟社」に手を合わせて拝み、武家の中でも特に好きな一族の中の一つである島津氏に思いをいたすことができました。

  感応寺近隣にはこの他、木牟礼跡きのむれじょうあと),  野田郷武家屋敷通り,  出水市野田史料館等もあり、歴史好きの私は本当はこれらのスポットも訪れたかったのですが、荷物が重かったことと当日のスケジュールが押せ押せだったことから、他の周辺スポット訪問は断念しました。またいつか機会を見つけて、肥薩おれんじ鉄道乗車と兼ねて、野田郷駅近隣の歴史散策を楽しみたいと思いました。

  何はともあれ、感応寺と、その境内にある五廟社は、イチオシでお薦めの寺社・歴史探訪スポットだと思いました。


当HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」を紹介する本  : 
本の表紙
   共著:高知工科大学大学院起業家コース著『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント 』((株)ケー・ユー・ティー発行,丸善発売,2006年12月10日),\1,575−.





肥薩おれんじ鉄道 ・ 野田郷駅から感応寺に行く途中の道。いわゆる野田郷武家屋敷通り野田郷駅の南側にあるので、北側にあるこの場所は野田郷武家屋敷通りではありませんが、野田郷武家屋敷通り同様に玉石垣の石垣が続いています。タクシーの運転手さんは、ここも武家屋敷だったと教えてくれましたが、確認できていません。




感応寺に行く道案内の道路標識です。




感応寺山門の仁王(金剛力士)像です。出水市ホームページ ・ 市指定文化財「39 感応寺仁王像(かんのうじにおうぞう)」によれば(リンク先URLは2010年12月現在)、この仁王(金剛力士)像出水市指定の文化財との由であり、寛延4年(1751年)、感応寺28代住職の直応和尚の時、堀兵左ェ門という人物からからの寄贈で建立されたとの由です。




感応寺山門の仁王(金剛力士)像・その2。




感応寺山門の仁王(金剛力士)像を逆側から見た写真です。




感応寺の本堂です。




感応寺の本堂・その2。




島津氏菩提寺である感応寺の本堂の屋根には、島津氏の紋章「丸に十の字」があります。




感応寺の本堂の中です。




感応寺のソテツです。このソテツも、出水市の指定文化財です。




感応寺の子安地蔵です。




感応寺鐘楼(鐘つき堂)です。




感応寺の境内には、島津氏宗家の最初の5代の墓「五廟社」があります。写真は、五廟社への道案内板です。




感応寺境内の五廟社の写真です。




感応寺五廟社の写真・その2。左から順に、初代島津忠久公,2代島津忠時公,3代島津久経公,4代島津忠宗公,5代島津貞久公の墓です。




感応寺の境内の五廟社の周囲には、その他にも歴史ありそうな墓石群が並んでいました。




出水市にはこの他、出水市ツル観察センターもあります。




出水市にはこの他、出水麓武家屋敷群もあります。




出水市にはこの他、日本一のお地蔵様(八坂神社)もあります。




出水市にはこの他、出水市出水駅観光特産品館「飛来里」もあります。




鹿児島県へは、九州新幹線で行けます。九州新幹線では、大阪新大阪駅)から鹿児島市鹿児島中央駅)間まで最短3時間45分で直通で結ばれます。九州新幹線全線開業で、一気にかごしますぐそこに、鹿児島県。

時刻表は  →  JR九州公式ホームページ

沿線観光案内  →  (当HP内の)九州新幹線乗車記





鹿児島県宮崎県方面から行く場合には、特急きりしま等のJR九州 ・ 日豊本線の列車で行けます。
時刻表は → JR九州ホームページ




鹿児島県人吉温泉方面からJR九州 ・ 肥薩線の列車で行く場合には、楽しい観光列車「いさぶろう・しんぺい」号観光特急「はやとの風」で乗り継いで行くことができます。写真は観光特急「はやとの風」です。
時刻表は → JR九州ホームページ




鹿児島県 ・ 北薩・中薩地域熊本県 ・ 八代市方面から行く場合には、肥薩おれんじ鉄道で行くことができます。

時刻表は    肥薩おれんじ鉄道公式ホームページ

沿線観光案内は    (当HP内の)肥薩おれんじ鉄道乗車記




感応寺がある北薩(北薩摩)を、いわさきバスネットワーク(旧・林田バス)南国交通等の会社のバスで巡る場合、時刻表は九州のバス時刻表ホームページ,  交通ナビかごしまでご確認いただけます。
九州のバス時刻表

交通ナビかごしま






出水市の温泉の温泉宿&温泉以外のホテル・宿案内(2009年10月現在)

温泉天国・鹿児島温泉紹介!
トップ画面へ

  


  


  



【楽天トラベル】ホテル キング<鹿児島県>
【楽天トラベル】ホテル 桃晃(旧:グリーンヒルイン東光)
【楽天トラベル】白木川内温泉 旭屋旅館
(その他の北薩地域の温泉宿については、以下のリンク先ご参照。)
【楽天トラベル・温泉宿予約】北薩(出水・川内)
(その他の北薩地域の、温泉以外の宿・ホテルも含めた宿泊予約については、以下のリンク先ご参照。)
【楽天トラベル】鹿児島県出水市のホテル・旅館検索結果
【楽天トラベル】航空券+ホテルがセットになったANA楽パック ・ 鹿児島県
【楽天トラベル】航空券+ホテルがセットになったJAL楽パック ・ 鹿児島県


出水市 ・ 肥薩おれんじ鉄道野田郷駅地図)周辺の歴史散策コース案内
カテゴリー(分類) 観光スポット
野田郷駅地図)の北側 感応寺
筥崎神社地図
(出水市野田町下名5737,感応寺境内)
俊寛僧都碑
熊野神社(野田)
龍尾神社
一之宮神社地図
(出水市野田町下名6303-1)
霧島神社(野田)地図
(出水市野田町下名6372)
木牟礼跡きのむれじょうあと
稲荷神社(野田)
野田郷駅地図)の南側 野田郷武家屋敷通り
出水市野田史料館
八坂神社(野田)
伊勢神社(野田)
小松神社地図
(出水市野田町上名311)
弓林神社地図
(出水市野田町上名5866)
菅原神社(野田)地図
(出水市野田町上名5798)
亀井山城跡
新城跡若宮神社



北薩・中薩の温泉・温浴施設の入湯記と、北薩・中薩の観光の訪問記
吹上温泉郷(日置市) みどり荘
川内市街地温泉 川内ホテル・川内温泉センター
(ホテルの温泉ですが、温泉銭湯として安く入湯できます)
温泉平佐城(平佐城温泉)
藺牟田温泉(薩摩川内市) いこいの村いむた池
紫尾温泉(さつま町) 紫尾区営温泉「神の湯」
日置市の観光 さつま湖公園
妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
一宇治城跡(伊集院城跡;城山公園)
いちき串木野市の観光 薩摩金山蔵
(焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処)
薩摩川内市街地の観光 川内川花火大会
新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
泰平寺
薩摩国分寺跡史跡公園
川内歴史資料館
川内まごころ文学館
川内戦国村
(鹿児島県の歴史を紹介するテーマパーク(兼)博物館。村内に展示館「西郷記念展」があります。)
川内原子力発電所展示館
きやんせふるさと館
鉄道 肥薩おれんじ鉄道
出水市の観光 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
出水市ツル観察センター
出水麓武家屋敷群
出水市出水駅観光特産品館「飛来里」
日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)



鹿児島県の寺社仏閣観光スポットの訪問記
カテゴリー 地域 訪問or体験したスポット
天孫降臨伝説日向神話 霧島周辺 霧島神宮
(天孫降臨伝説のニニギノミコトが祭神。良い神社が多い鹿児島県内でも、特に別格的にお薦めの神社)
霧島神宮古宮址
高千穂峰登山(霧島神宮御神体:天孫降臨の場所)
薩摩川内市 新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
霧島市 鹿児島神宮(大隅国一宮)
高屋山上陵
(日向神話の彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト,別名・火遠理命(ホオリノミコト),山幸彦)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
その他 鹿児島市(含む桜島) 照国神社
(島津斉彬公を祭神とする、鹿児島市を代表する神社)
猫神神社
(島津家別邸・名勝 仙巌園(磯庭園)にあります)
南洲神社・南洲墓地
(西郷隆盛命を祭神とする神社と、西郷隆盛ら西南戦争薩軍戦死将兵を合葬した墓地)
荒田八幡宮
福昌寺跡(島津家墓地)
南洲寺(僧月照の墓)
南林寺由緒墓
松原神社
大中寺(薩摩義士の墓)
慈眼寺公園(慈眼寺跡)
谷山神社
霧島エリア 和気神社
隼人・国分・姶良地域 蒲生八幡神社
長年寺跡と島津墓地・亀墓
加治木護国神社(加治木島津館跡)
日置市 妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
薩摩川内市 泰平寺
薩摩国分寺跡史跡公園
出水市 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)
さつま町 紫尾神社(紫尾区営温泉「神の湯」入湯記)
志布志市 大慈寺
屋久島 益救神社(最南端の式内社,旧多禰国一宮)
屋久島大社
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧に目次があります。



鹿児島県内の中世〜近世史観光スポット訪問記(寺社仏閣,幕末維新期以外)
カテゴリー 地域 訪問 or 入湯したスポット
城,
武家屋敷,
鹿児島市 鶴丸城(鹿児島城)
東福寺城址(多賀山公園)
知覧 知覧武家屋敷群
姶良市 加治木島津館跡(加治木護国神社)
日置市 一宇治城跡(伊集院城跡;城山公園)
出水市 出水麓武家屋敷群
博物館
(産業遺産や産業観光施設や民俗資料展示館その他で、展示内容や解説内容が藩政期にまたがる施設を含む)
鹿児島市 尚古集成館
(島津斉彬公による集成館事業の産業遺産(兼)建築遺産の建物内の歴史博物館)
鹿児島県歴史資料センター黎明館
示現流兵法所史料館(示現流史料館)
指宿市 岩崎美術館・工芸館
(工芸館棟では、里帰りの古薩摩(薩摩焼)や、藩政期民俗資料として、旧薩摩藩領独特の道祖神と言える田の神(タノカンサァ)が展示されています。)
指宿白水館
(当HP管理人入湯時に温泉旅館内ギャラリーで展示されていた莫大なコレクションを展示する博物館として、後日2008年、併設の薩摩伝承館がオープンしました。)
知覧 ミュージアム知覧(南九州市立博物館)
(中世の知覧城遺跡関連の展示博物館)
いちき串木野市 薩摩金山蔵
(芋焼酎醸造元見学(兼)藩政期以来の串木野金山)
霧島市 霧島市立隼人歴史民俗資料館
(中世〜近世では、大隅国一の宮・鹿児島神宮関連文書,民具,郷土芸能に関する資料が展示されています。)
薩摩川内市 川内歴史資料館
川内戦国村
(鹿児島県の歴史を紹介するテーマパーク(兼)博物館)
屋久島 屋久杉自然館
(ユネスコ世界遺産の自然博物館(兼)林業産業博物館)
建築遺産 鹿児島市 石橋記念公園・石橋記念館(祇園之洲公園)
その他(島津氏,  薩摩藩関連等) 鹿児島市 島津家別邸:名勝 仙巌園(磯庭園)
薩摩義士碑
平田公園(平田靱負屋敷跡&平田靱負銅像)
福昌寺跡(島津家墓地)
ザビエル滞麑記念碑(ザビエル公園)
指宿温泉 二月田温泉殿様湯
(薩摩藩主の温泉別荘跡の立ち寄り湯)
霧島温泉 霧島いわさきホテル
(緑渓湯苑は、薩摩藩の許可を得て開湯され、島津忠義が避暑地とした栄之尾(えのお)温泉の温泉施設です。)
姶良市 長年寺跡と島津墓地・亀墓
出水市 感応寺
島津氏最初の5代の墓・五廟社があります。)
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧,  温泉入湯記一覧に目次があります。





鹿児島県の宿泊予約 & まち楽
(powered by 楽天トラベル, and 楽天市場.)
  ↓

全国温泉宿予約(ホテル検索&宿泊予約ができます) ・ 鹿児島県
  
  ↓

宿泊施設情報(ホテル検索&宿泊予約ができます) ・ 鹿児島県
鹿児島温泉(鹿児島市内温泉)&桜島  温泉宿一覧    鹿児島市内(鹿児島・桜島)  ホテル・旅館一覧
指宿温泉  空室検索    南薩(指宿・枕崎)  ホテル・旅館一覧
指宿温泉  温泉宿一覧
南薩(指宿・枕崎)  温泉宿一覧
吹上温泉  温泉宿一覧
   北薩(出水・川内)  ホテル・旅館一覧
市比野温泉  温泉宿一覧
宮之城温泉  温泉宿一覧
北薩(出水・川内)  温泉宿一覧
霧島温泉  空室検索    大隅地方(霧島・国分・志布志・鹿屋・内之浦)  ホテル・旅館一覧
霧島温泉  温泉宿一覧
妙見温泉  温泉宿一覧
大隅地方(霧島・国分・志布志・鹿屋・内之浦)  温泉宿一覧
種子島・屋久島  温泉宿一覧    種子島・屋久島  ホテル・旅館一覧
      奄美大島・喜界島・徳之島  ホテル・旅館一覧
      沖永良部島・与論島  ホテル・旅館一覧
【楽天トラベル】航空券+ホテルがセットになったANA楽パック ・ 鹿児島県
【楽天トラベル】航空券+ホテルがセットになったJAL楽パック ・ 鹿児島県








このページのトップへ    (当ページ内)入湯記一覧へ    (当ページ内)観光地訪問記一覧へ    (当ページ内)全国の観光・温泉案内へ

「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」の訪問記or体験記
地域 訪問or体験した観光地orスポット
鹿児島県全体 鹿児島の芋焼酎が楽天市場で買える鹿児島県内店(リンク先は当HP管理人のブログ・カミタク・ブログの記事。)
鹿児島市内(含む桜島) 九州新幹線
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市電
(鹿児島市電については、当HP管理人の別サイト・鉄道艦船航空陸自マニアでも、鹿児島市交通局として紹介されています。)
鹿児島市内(含む桜島) カゴシマシティビュー乗車記(鹿児島市内観光地周遊バス)
鹿児島市内(含む桜島) 尚古集成館(島津斉彬公による我が国初の洋式工業団地・集成館事業の産業遺産)
鹿児島市内(含む桜島) 島津家別邸:名勝 仙巌園(磯庭園)
鹿児島市内(含む桜島) 猫神神社(+猫グッズ専門店「猫屋」)
鹿児島市内(含む桜島) 磯工芸館(旧島津家吉野植林所)
鹿児島市内(含む桜島) 薩摩ガラス工芸(薩摩切子)工場見学
鹿児島市内(含む桜島) 磯くわはら館(旧芹ヶ野島津家金山鉱業事業所建物のレストラン)
鹿児島市内(含む桜島) 異人館(旧鹿児島紡績所技師館)
鹿児島市内(含む桜島) caf'e潮音館(旧・重富島津家別邸米蔵の石蔵のカフェ:田之浦潮音館)
鹿児島市内(含む桜島) 城山(城山展望台)
鹿児島市内(含む桜島) 鶴丸城(鹿児島城)
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島県歴史資料センター黎明館
鹿児島市内(含む桜島) 薩摩義士碑
鹿児島市内(含む桜島) 大中寺(薩摩義士の墓)
鹿児島市内(含む桜島) 平田公園(平田靱負屋敷跡&平田靱負銅像)
鹿児島市内(含む桜島) 西郷隆盛銅像
鹿児島市内(含む桜島) 大久保利通銅像
鹿児島市内(含む桜島) 維新ふるさと館
鹿児島市内(含む桜島) 甲突川河畔(桜のお花見&歴史散策)
鹿児島市内(含む桜島) 東郷平八郎誕生地
鹿児島市内(含む桜島) 示現流兵法所史料館(示現流史料館)
鹿児島市内(含む桜島) 天璋院篤姫の生家・今和泉島津家本邸跡
鹿児島市内(含む桜島) 南洲神社・南洲墓地
鹿児島市内(含む桜島) 西郷南洲顕彰館
鹿児島市内(含む桜島) 西郷洞窟
鹿児島市内(含む桜島) 福昌寺跡(島津家墓地)
鹿児島市内(含む桜島) 照国神社と六月灯
鹿児島市内(含む桜島) 探勝園跡(島津三銅像〜照国神社脇の島津斉彬公像,島津久光公像,島津忠義公像〜
鹿児島市内(含む桜島) 荒田八幡宮と六月灯
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市立美術館
鹿児島市内(含む桜島) 長島美術館
鹿児島市内(含む桜島) 陽山美術館
鹿児島市内(含む桜島) 児玉美術館
鹿児島市内(含む桜島) 三宅美術館
鹿児島市内(含む桜島) かごしま近代文学館・かごしまメルヘン館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島県立博物館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市立科学館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島大学総合研究博物館
鹿児島市内(含む桜島) 石橋記念公園・石橋記念館(祇園之洲公園)
鹿児島市内(含む桜島) いおワールド かごしま水族館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市平川動物公園
鹿児島市内(含む桜島) 奄美の里(本場大島紬の里)
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市立ふるさと考古歴史館(掃除山遺跡出土品,草野貝塚展示博物館)
鹿児島市内(含む桜島) 県立吉野公園(桜のお花見の名所)
鹿児島市内(含む桜島) 多賀山公園(東郷平八郎銅像,東福寺城址)
鹿児島市内(含む桜島) おはら祭
鹿児島市内(含む桜島) かごしま錦江湾サマーナイト大花火大会
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島ウォーターフロント「ドルフィンポート」
鹿児島市内天文館 山形屋百貨店
鹿児島市内(含む桜島) 天文館(鹿児島の中心街・繁華街)
鹿児島市内天文館 天文館シネマパラダイス
鹿児島市内天文館 天まちサロン(観光案内所)
鹿児島市内天文館 うなぎの末よし
鹿児島市内天文館 正調さつま料理 熊襲亭
鹿児島市内天文館 cafe de MANON(カフェ・ド・マノン)
鹿児島市内天文館 さつまいもの館
鹿児島市内天文館 唐芋ワールド
鹿児島市内天文館 池畑天文堂
鹿児島市内天文館 T−MAXボウル(T-MAX BOWL)
鹿児島市内(含む桜島) アミュプラザ鹿児島&大観覧車アミュラン
鹿児島市内(含む桜島) かごっまふるさと屋台村
鹿児島市内(含む桜島) 南洲寺(僧月照の墓)
鹿児島市内(含む桜島) 南林寺由緒墓
鹿児島市内(含む桜島) 松原神社
鹿児島市内(含む桜島) 天保山公園(坂本竜馬新婚の碑,共月亭,砲台跡,調所広郷の像)
鹿児島市内(含む桜島) 慈眼寺公園(慈眼寺跡)
鹿児島市内(含む桜島) 谷山神社
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島カテドラル・ザビエル教会
鹿児島市内(含む桜島) ザビエル滞麑記念碑(ザビエル公園)
鹿児島市内(含む桜島) 桜島納涼観光船
鹿児島市内(含む桜島) 桜島フェリー
鹿児島市内(含む桜島) 桜島(特に湯之平展望所)
鹿児島市内(含む桜島) 桜島焼窯元・桜岳陶芸
指宿周辺 岩崎美術館・工芸館
指宿周辺 時遊館COCCOはしむれ(指宿市考古博物館),橋牟礼川遺跡
指宿周辺 知林ヶ島
指宿周辺 特急「指宿のたまて箱」紹介+特別快速なのはなDX乗車記
知覧周辺 知覧特攻平和会館
知覧周辺 知覧武家屋敷群
知覧周辺 ミュージアム知覧(南九州市立博物館)
知覧周辺 薩摩英国館
南薩地域(指宿市山川) 長崎鼻
南薩地域(指宿市山川) フラワーパーク かごしま
南薩地域(指宿市山川) JR日本最南端の駅「西大山駅」
南薩地域 開聞岳 & 開聞山麓自然公園
南薩地域 池田湖
南薩地域 あじろ浜(網代浜)訪問記&坊津観光案内
霧島周辺 霧島神宮
霧島周辺 霧島神宮古宮址
霧島周辺 高千穂河原&高千穂河原ビジターセンター
霧島周辺 霧島連山登山(霧島トレッキング・霧島縦走コース:韓国岳,獅子戸岳,新燃岳,中岳)
霧島周辺 高千穂峰登山
霧島周辺 和気神社&霧島市和気公園
霧島周辺 犬飼滝
霧島周辺 高千穂牧場
霧島周辺 生駒高原 コスモス園
霧島周辺 特急きりしま
霧島周辺 観光特急「はやとの風」(肥薩線の旅行)
霧島周辺 観光列車「いさぶろう・しんぺい」号(肥薩線の旅行)
隼人・国分・姶良地域 上野原縄文の森(上野原遺跡)
隼人・国分・姶良地域 鹿児島神宮(大隅国一宮)
隼人・国分・姶良地域 霧島市立隼人歴史民俗資料館
隼人・国分・姶良地域 隼人塚
隼人・国分・姶良地域 霧島市立隼人塚史跡館
隼人・国分・姶良地域 熊襲の穴
隼人・国分・姶良地域・溝辺 高屋山上陵
(日向神話の彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト,別名・火遠理命(ホオリノミコト),山幸彦)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
隼人・国分・姶良地域 龍門滝
隼人・国分・姶良地域 長年寺跡と島津墓地・亀墓
隼人・国分・姶良地域 加治木島津館跡(加治木護国神社)
隼人・国分・姶良地域 蒲生八幡神社
隼人・国分・姶良地域 蒲生の大クス(特別天然記念物)
北薩・中薩 ・ 日置市 さつま湖公園
北薩・中薩 ・ 日置市 妙円寺
(島津義弘菩提寺で、妙円寺詣り発祥の禅寺)
北薩・中薩 ・ 日置市 徳重神社
(島津義弘を祭神とする、妙円寺詣り会場の神社)
北薩・中薩 ・ 日置市 雪窓院跡&島津義久公剃髪石(座禅石)
北薩・中薩 ・ 日置市 一宇治城跡(伊集院城跡;城山公園)
北薩・中薩 ・ いちき串木野市 薩摩金山蔵
(焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内川花火大会
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 新田神社(薩摩国一宮)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 泰平寺
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 薩摩国分寺跡史跡公園
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内歴史資料館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内まごころ文学館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内戦国村
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内原子力発電所展示館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 きやんせふるさと館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市 藺牟田池(いこいの村いむた池入湯記)
北薩・中薩 肥薩おれんじ鉄道
北薩・中薩 ・ 出水市 感応寺(感応禅寺)・五廟社(島津氏最初の5代の墓)
北薩・中薩 ・ 出水市 出水市ツル観察センター
北薩・中薩 ・ 出水市 出水麓武家屋敷群
北薩・中薩 ・ 出水市 出水市出水駅観光特産品館「飛来里」
北薩・中薩 ・ 出水市 日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)
北薩・中薩 ・ さつま町 紫尾神社(紫尾区営温泉「神の湯」入湯記)
大隅半島 ・ 志布志市 大慈寺
屋久島 益救神社(最南端の式内社,旧多禰国一宮)
屋久島 屋久島大社
屋久島 屋久杉自然館(+「縄文杉の写真」,杉の茶屋)
屋久島 ボタニカルリサーチパーク(屋久島有用植物リサーチパーク)+トローキの滝
屋久島 屋久杉ランド(ヤクスギランド)
屋久島 紀元杉
屋久島 白谷雲水峡
横浜 ホテルニューグランド
横浜 横浜伊勢佐木町ワシントンホテル
横浜 横浜ランドマークタワー&横浜ロイヤルパークホテル
湘南・三浦・鎌倉 観音崎京急ホテル・レストラン「浜木綿」(&「SPASSO(スパッソ)」案内)
湘南・三浦・鎌倉 観音崎灯台
北九州,下関他 門司港レトロ地区:全般
北九州,下関他 門司港レトロ地区:旧門司税関
北九州,下関他 門司港レトロ地区:門司港駅
北九州,下関他 門司港レトロ地区:旧門司三井倶楽部
北九州,下関他 門司港レトロ地区:海峡プラザ赤煉瓦ガラス館 & オルゴールミュージアム門司港を含む)
高知の観光 高知城
高知の観光 桂浜
高知の観光 高知県立坂本龍馬記念館
高知の観光 坂本龍馬像
高知の観光 高知市立龍馬の生まれた町記念館
高知の観光 坂本龍馬誕生地の碑
北海道美唄市 炭鉱メモリアル森林公園
北海道美唄市 三菱美唄記念館
北海道美唄市 美唄市郷土史料館
北海道美唄市 美唄鉄道旧東明駅
北海道美唄市 アルテピアッツァ美唄
名古屋の観光 覚王山日泰寺
名古屋の観光 末森城址(末盛城址)&城山八幡宮
福島県の観光 いわき市石炭・化石館 ほるる
福島県の観光 みろく沢炭鉱資料館
福島県の観光 湯本山神社
長野県の観光 岩松院(福島正則公霊廟)
長野県の観光 諏訪大社上社本宮
長野県の観光 諏訪大社上社前宮
長野県の観光 神長官守矢史料館
長野県の観光 尖石縄文考古館,尖石遺跡,与助尾根遺跡
長野県の観光 御射鹿池(みしゃかいけ)
(東山魁夷の「白い馬」シリーズの名画「緑響く」の取材地)
長野県の観光 横谷渓谷(よこやけいこく)
岐阜県の観光 治水神社(薩摩義士ゆかりの神社)
岐阜県の観光 千本松原(油島千本松締切堤)
岐阜県の観光 国営木曽三川公園・木曽三川公園センター
三重県の観光 海蔵寺(薩摩義士の墓)
三重県の観光 常音寺(薩摩義士の墓)
ここで紹介しきれていない最新の訪問記or体験記はこちらへ





このページのトップへ    (当ページ内)入湯記一覧へ    (当ページ内)観光地訪問記一覧へ    (当ページ内)全国の観光・温泉案内へ

「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」の温泉・温浴施設の入湯記
温泉,地域 入湯した温泉・温浴施設
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 城山観光ホテル・城山温泉・さつま乃湯(桜島と海が見える露天風呂があります。)
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテル吹上荘
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 温泉ホテル中原別荘
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテル満秀
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) KKR鹿児島敬天閣
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 錦江高原ホテル
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテルエスポワールタナカ
鹿児島市内温泉(ホテル(兼)立ち寄り湯) 健康プラザ田中温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 芦刈温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 池田温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 一本桜温泉センター(市内西部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 今村温泉(市内中心部)(注)
(注)残念ながら2011年5月31日をもって閉店しました。
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) うちの温泉センター(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) お乃湯(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 温泉錦湯(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) かごっま温泉(天文館最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 春日温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 霧島温泉(天文館最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 花野温泉たぬき湯(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 郡元温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) さつま温泉(天文館最寄り かつ ウォーターフロント・ベイエリア)(注)
(注)残念ながら2007年6月に廃業したとの由です。
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 野天風呂 薩摩いろはの湯(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 慈眼寺温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 寿康温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 城山長寿泉(市内中心部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 新川温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 新とそ温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 太陽ヘルスセンター(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 武岡温泉(市内西部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 竹迫温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 玉里温泉(市内北部)(注)
(注)残念ながら2012年に廃業したとの由です。
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 中山温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 中村温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 永吉温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 滑川温泉(市電沿線,JR鹿児島駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 南開温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 西田温泉(鹿児島中央駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) はらら温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 真砂温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みずほ温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みやこ温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みょうばん温泉(鹿児島中央駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みょうばん温泉まきばの湯(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) めいわ温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 薬師温泉(市内北部)
桜島マグマ温泉(鹿児島市) 国民宿舎レインボー桜島・マグマ温泉
桜島白浜温泉(鹿児島市) さくらじま白浜温泉センター
桜島古里温泉(鹿児島市) ふるさと観光ホテル(注)
(注)残念ながら2012年に閉館したとの由です。
桜島古里温泉(鹿児島市) 桜島シーサイドホテル
桜島古里温泉(鹿児島市) さくらじまホテル
鹿児島市内温泉・足湯 ドルフィンポート・足湯
鹿児島市内温泉・足湯 奄美の里・足湯
指宿温泉 指宿いわさきホテル
指宿温泉 指宿白水館
指宿温泉 指宿こころの湯(日帰り温泉立ち寄り湯のスーパー銭湯。旅館「指宿こころの宿」も併設されています。)
指宿温泉 二月田温泉殿様湯(指宿温泉でも特に歴史と伝統のある、日帰り温泉立ち寄り湯)
山川温泉郷鰻温泉(指宿市旧山川町地域) 区営鰻温泉
山川温泉郷鰻温泉(指宿市旧山川町地域) うなぎ温泉まつまえ
山川温泉郷伏目温泉(指宿市旧山川町地域) 山川ヘルシーランド露天風呂(海が見える露天風呂がある日帰り温泉立ち寄り湯)
南薩地域・枕崎市 枕崎なぎさ温泉(海が見える露天風呂がある日帰り温泉立ち寄り湯)
霧島温泉郷 霧島いわさきホテル
霧島温泉郷 霧島国際ホテル
霧島温泉郷 霧島スパヒルズ(旧「霧島第一ホテル スパヒルズ」)
霧島温泉郷 硫黄谷温泉霧島ホテル
霧島温泉郷 静流荘
霧島温泉郷 旅行人山荘
霧島温泉郷 前田温泉カジロが湯(日帰り温泉立ち寄り湯)
霧島温泉郷 新湯温泉・霧島新燃荘
霧島温泉(霧島山麓) 野々湯温泉
霧島温泉郷&霧島山系山麓の温泉地 栗野岳温泉南洲館
霧島山系周辺平野部・吉松温泉郷 吉松駅前温泉
妙見温泉 妙見石原荘
妙見温泉 味の宿どさんこ
妙見温泉 田島本館
妙見温泉 妙見田中会館
妙見温泉 湯治の宿妙見館・妙見元湯
新川渓谷温泉郷 塩浸温泉龍馬公園
新川渓谷温泉郷 日の出温泉きのこの里
日当山温泉 日当山温泉・花の湯
国分,隼人,姶良地区・足湯 鹿児島空港天然温泉足湯「おやっとさあ」
国分,隼人,姶良地区 船津温泉
国分,隼人,姶良地区 重富温泉
国分,隼人,姶良地区 姶良市温泉センター くすの湯(旧・蒲生町多目的温泉保養センター「くすの湯」)
国分,隼人,姶良地区 龍門滝温泉
北薩・中薩吹上温泉郷 みどり荘
北薩・中薩いちき串木野市 薩摩金山蔵 「杜氏乃湯」
(温浴施設は、後になくなっており、焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処専用施設になっています。)
北薩・中薩川内市街地温泉 川内ホテル・川内温泉センター
北薩・中薩川内市街地温泉 温泉平佐城(平佐城温泉)
北薩・中薩藺牟田温泉 いこいの村いむた池
北薩・中薩阿久根温泉 グランビュー あくね
北薩・中薩阿久根温泉 ふれあい温泉ぼんたん湯(栄屋旅館)
北薩・中薩紫尾温泉 紫尾区営温泉「神の湯」
屋久島等・屋久島の温泉 屋久島いわさきホテル
屋久島等・屋久島の温泉 JRホテル屋久島
屋久島等・屋久島の温泉 縄文の宿 まんてん
屋久島等・屋久島の温泉 平内海中温泉
屋久島等・屋久島の温泉 湯泊温泉
屋久島等・屋久島の温泉 尾之間温泉
屋久島等・屋久島の温泉 楠川温泉
屋久島等・屋久島の温泉 旧・大浦温泉(大浦の湯)
横浜の温泉 横浜みなとみらい万葉倶楽部
横浜温泉 綱島温泉・綱島ラジウム温泉東京園
横浜温泉 綱島温泉・富士乃湯
横浜温泉 天然温泉みうら湯弘明寺店
横浜温泉 若宮湯
横浜温泉 中島館
横浜の大浴場付きホテル ブリーズベイホテル・リゾート&スパ,&  リゾートカプセル桜木町
東京都の温泉 麻布十番温泉  (注) 残念ながら2008年3月末で廃業しました。
東京都の温泉 東京ドーム天然温泉 Spa LaQua(スパ ラクーア)
川崎温泉 縄文天然温泉 志楽の湯
福岡市内温泉 薬院しろやま乃湯  (注) 残念ながら閉館しました。
福岡市内温泉 萃豊閣ホテル&南福岡グリーンホテル温泉
福岡市内温泉 八百治博多ホテル・八百治の湯
人吉市内の温泉 球磨川ラフティング MAIN STREAM & ビジネスホテル白山山荘 附属温泉
高知の温泉 龍河温泉(香美市)
高知の温泉 物部川ほとりの温泉 夢の温泉(香美市)
高知の温泉 高知黒潮ホテル・黒潮温泉「龍馬の湯」(香南市)
高知の温泉 高知三翠園・高知三翠園温泉水哉閣(高知市)
高知の温泉 スーパーホテル高知・長岡温泉・龍馬の湯(高知市)
高知の温泉 国民宿舎 桂浜荘(高知市桂浜:人工温泉)
札幌市内温泉 JRタワーホテル日航札幌・スカイリゾートスパ「プラウブラン(月の島)」
札幌市内温泉 ホテルモントレエーデルホフ札幌・スパ
大阪市内温泉 スーパーホテルCity大阪天然温泉(なにわ天然温泉「花乃井」)
大阪市内温泉 ホテル阪神「徳次郎の湯」(天然温泉スパ&サウナ)
大阪市内温泉 天然温泉なにわの湯
大阪府・箕面温泉 箕面温泉スパーガーデン
秋田県の温泉 乳頭温泉郷・鶴の湯温泉
宮城県の温泉 鳴子温泉・貸切露天風呂の宿扇屋
福島県の温泉 スパリゾートハワイアンズ
山梨県の温泉 下部温泉郷・古湯坊源泉館
山梨県の温泉 下部温泉・くつろぎの宿裕貴屋(旧・大市館)
長野県の温泉 奥蓼科温泉郷 渋御殿湯
長野県の温泉 明治温泉旅館
長野県の温泉 毒沢鉱泉神乃湯
ここで紹介しきれていない最新の入湯記はこちらへ



このページのトップへ    (当ページ内)入湯記一覧へ    (当ページ内)観光地訪問記一覧へ    (当ページ内)全国の観光・温泉案内へ




全国と鹿児島県の温泉&観光
鹿児島県の温泉&観光
(訪問した所は訪問記(注),訪問未済みの所はリンク集)

(注)100箇所以上に及ぶ、当HPオリジナル・コンテンツ。
地域 温泉案内 観光案内
鹿児島市
(桜島を含む)
鹿児島温泉とは(鹿児島市内温泉とは) 鹿児島市内(含む桜島)観光案内
鹿児島市の温泉(ホテル・旅館,桜島も含む)
鹿児島市の温泉(温泉銭湯[日帰り温泉立ち寄り湯],桜島も含む)
指宿 指宿及びその周辺の温泉 指宿観光案内
南薩 南薩地域の温泉 知覧観光案内
南薩観光案内
霧島 霧島温泉 霧島観光案内
霧島市,姶良
(霧島温泉以外)
妙見温泉など新川渓谷温泉郷 隼人・国分・姶良地域観光案内
日当山温泉&姫城温泉
その他霧島市(旧国分市,旧隼人町),姶良地区の温泉
北薩・中薩 北薩・中薩地域の温泉 北薩・中薩の観光案内
大隅
(霧島以外)
大隅地域の温泉 大隅観光案内
種子島,屋久島,三島村,十島村地区 種子島,屋久島,三島村,十島村の温泉 種子島,屋久島,三島村,十島村の観光案内
奄美諸島 奄美大島,与論島,沖永良部島地区の温泉 奄美大島,与論島,沖永良部島,喜界島,徳之島の観光案内
温泉宿 →鹿児島県の温泉宿宿泊予約はこちらへ
特集 NHK大河ドラマ「篤姫」の故郷紹介(鹿児島観光案内)(New! 2007年12月)

「坂本龍馬・おりょうの日本初の新婚旅行(日本初のハネムーン)」ゆかりの観光スポット案内(New! 2010年08月)


横浜
(全般,観光

(横浜のホテル)
東京
(全般,観光

(東京のホテル)
川崎
(全般,観光

(川崎のホテル)
横浜温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
東京の温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
川崎温泉
湘南・三浦・鎌倉の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
相模原市,厚木市,相模湖,丹沢,小田急沿線(箱根,東京,川崎以外)の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
札幌市内観光・温泉定山渓温泉も含む)

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
夕張の温泉・観光
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
花巻温泉郷
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
名古屋・愛知県の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
京都市の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
大阪府の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
神戸市の温泉・観光有馬温泉も含む)

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
高知の観光・温泉

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
松山市の観光・温泉道後温泉も含む)

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
北九州&筑豊&豊前&下関の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
福岡市の観光
(全般,観光

(福岡のホテル)
福岡市及びその近郊の温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
甘木朝倉地域の温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
荒尾・大牟田地域の温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
黒川温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
由布院温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
別府温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
人吉温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
その他の地域の温泉・観光(全国各地)

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
各地の温泉入湯記 各地の観光訪問記




 このHPはリンク・フリーです。サブ・コンテンツへの直リンクもOKです。






HMV
タワーレコード
indiesmusic.com

楽天トラベル

  


  


  



  


  


  




  


  



このHP作者に関係のある別HPです。

カミタクの部屋

  

カミタク・ブログ

  

STATISTICS
炭鉱マニア

  

鉄道艦船航空陸自マニア

  

ネットDE討論@Marine



このページの先頭へ


温泉天国・鹿児島温泉紹介!へ(戻る)    温泉天国・鹿児島温泉紹介!(フレーム枠内メニュー画面)へ(戻る)


鹿児島・出水市野田郷の名刹「感応寺(感応禅寺)+島津氏最初の5代の墓『五廟社』」の訪問記(鹿児島観光案内)。:鹿児島,観光,感応禅寺,鹿児島県,五廟社,感応寺