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神長官守矢史料館

  

神長官守矢史料館訪問記

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観光地名  :  神長官守矢史料館
(ジンチョウガンモリヤシリョウカン)

電話番号  :  0266-73-7567

住所
(リンク先は地図)

 :  〒391-0013 長野県茅野市宮川389-1

地図
(powered by Google Map
 : 


訪問日  :  2008年11月3日

HP  :  神長官守矢史料館
(リンク先は茅野市ホームページのサブ・コンテンツ。)

神長官守矢史料館
(リンク先は楽天トラベル(旧・旅の窓口) ・ 旅コミ(クチコミ)のサブ・コンテンツ。)

(その他、神長官守矢史料館については蓼科高原/茅野市観光連盟でも茅野市神長官守矢史料館として、 MAPPLE観光ガイド(マップル,まっぷる)でも神長官守矢史料館として、 るるぶ.comでも茅野市神長官守矢史料館として、 アット・ニフティ@nifty ・ @nifty地図 いつもガイドでも茅野市神長官守矢史料館として、 じゃらんnetでも茅野市神長宮守矢史料館として、 りんくうLINES ・ 美的建築ワールドでも茅野市神長官守矢史料館として、 動物園、B級SPOT大好き!〜ARAKAWA's HOME PAGE〜でも神長官守矢史料館(1),  神長官守矢史料館(2)として、 建築写真集NOでも神長官守矢史料館として、 うらくんのページでも神長官守矢史料館−藤森照信+内田祥士として、 山を歩いて美術館へでも近くの美術館 11 茅野市神長官守矢史料館として、 衆生所有楽(blog)でも茅野市 神長官守矢史料館として、 eggshell(ブログ)でも神長官守矢史料館と高過庵として、 ラ ドル知ヱ 美ータ。(ブログ)でも神長官守矢史料館・高過庵見学記として、 Kahan Plus(ブログ)でも高過庵・神長官守矢史料館として、 kittsan流(ブログ)でも藤森照信建築巡り 2 (神長官守矢史料館)として、 阿智胡地亭の非日乗(ブログ)でも守矢神長官の話   神々の話その2として、 さつき晴伸のつれづれ戦闘日誌(ブログ)でも東方風神録巡礼の旅 神長官守矢史料館編として、 帰り道星空ブログ(ブログ)でも神長官守矢史料館/高過庵(藤森照信)として、 Car Electronics 鈴木電機でも神長官守矢史料館?として、 Open Hand Service(ブログ)でも神長官守矢史料館として、 yskz的網誌(ブログ)でも神長官守矢史料館として、 ●Webマスターのひとりごと●(ブログ)でも神長官守矢史料館として、 ML日誌(ブログ)でもロケ日記 ついに!!藤森建築のルーツ「神長官守矢史料館」に触れる・1!!/シミリエとして、 (有)増田技術事務所 【品質工学2.0】(ブログ)でも長野県茅野市にある神長官守矢史料館へ行きました [仕事以外の話題]として、 さかいのき(ブログ)でも●○ 【諏訪七廻行記】 神長官守矢史料館として、 絵本作家・イラストレーター宮澤ナツの「左足のウラ」日記(ブログ)でも神長官守矢史料館にてとして、 趣味は博物館めぐりです(ブログ)でも神長官守矢史料館として紹介されています。
佐奈技鈴(サナギ鈴)やミシャグジ神については@ザ・ワールドでもさなぎ鈴として、 「珍」の煮こごり(ブログ)でも【珍所:其の24 諏訪探訪4(2日目・神長官守矢史料館)】として、 旅まとめ(ブログ)でもサナギ鈴をミニサイズで復元してみたとして、 守矢神社記帳所(桔梗屋日記)(ブログ)でも東方諏訪旅行記−4 守矢史料館(前編):守矢史料館の概要として、 LION HEART Online(ブログ)でも突発 諏訪紀行の中で、 毎日が観光(ブログ)でも諏訪への旅3の中で、 ほんのあなろぐ(ブログ)でも諏訪湖の神々をたどる(5)の中で、 楽しい人生(ブログ)でも古事記を読む 諏訪大社と建御名方神として、 小旅てくてく〜 諏訪探訪(ブログ)でもミシャグジとドングリとして紹介されています。
諏訪大社上社の祭神・建御名方命の母神・奴奈川姫命(沼河比売)及び母子の関係については天津神社・奴奈川神社公式ホームページでも神社のご案内の中で、 大宮諏訪神社ホームページでも「伝承による諏訪明神の母神 奴奈川姫命物語」・その1 玉を支配し政(まつりごと)を行う姫,  その2 大国主の遠征と結婚,  その3 諏訪明神の誕生,  その4 姫の悲運として、 邪馬台国の会 ・ (定例)講演会 ・ 講演会記録2(191回〜250回)でも2002.7.14 【日本古代史】 大国主の命伝承と大量の銅剣・銅鐸の出土  ・ 大国主の命の通婚範囲として、 伝説とひすいの郷 親不知・子不知 ・ 奴奈川姫でも奴奈川姫と御子神たちとして、 越後の歴史探訪観光案内所でも奴奈川姫伝説 ・ 能生白山神社,  奴奈川姫像,  天津・奴奈川神社,  奴奈川姫の鍾乳洞として,  諏訪大社として、 たき火を囲んで ・ 「塩の道・千国街道」 ・ 「塩の道・千国街道」の神話・伝説・民話でも奴奈川姫(ぬながわひめ)として、 郁丸滄海拾珠 ・ 民俗でも新潟県民俗学会常任理事 高橋郁子「平成10年度郷土史講座 信州御柱祭と越後」として、 パンプキンの徒然日記(ブログ)でも古のラブロマンスとして、 『日本周遊紀行』(ブログ)でも日本周遊紀行(229) 糸魚川 「奴奈川姫と翡翠」として、 観光地になるまで頑張るぞぉ〜でも奴奈川姫*ヌナガワヒメ*として、 偽モバイラーのケチケチPC生活(ブログ)でも奴奈川姫を探して。。bP(あやしい歴史??伝説),  奴奈川姫を探して。。bQ(姫も封印された??),  奴奈川姫を探して。。bR(今でも、賢く美しい女神?),  奴奈川姫を探して。。bS(やっぱり姫も封印?)として、 さてと…めしにするか(ブログ)でも糸魚川ぶらぶら&ご当地おにぎりとして紹介されています。)


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  JR東日本 ・ 中央本線中央東線)の茅野駅(ちのえき)からタクシー約5分。なお、中央本線中央東線)の特急列車としては、2008年11月現在、特急電車「あずさ」・「スーパーあずさ」があります。

  京都,  大阪,  神戸,  名古屋など西方面から行く場合には、JR東海名古屋駅から中央本線中央西線)で塩尻駅に行き、塩尻駅JR東日本中央本線中央東線)の列車に乗り換えれば、茅野駅に行くことができます。中央本線中央西線)で西から塩尻駅に行く特急列車としては、2008年11月現在、特急電車「ワイドビューしなの」があり、特急電車「ワイドビューしなの」は概ね名古屋駅発ですが、2008年11月現在、1往復だけ大阪駅から発着する列車もあります。

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解説  :    神長官守矢史料館は、明治時代に世襲制神職が廃止されるまで、千数百年もの長い間、諏訪大社上社の一子口伝の筆頭神官だった神長(じんちょう,神長官)守矢氏に伝わる諏訪大社上社関連の史料を展示する博物館です。長野県の歴史散歩編集委員会『長野県の歴史散歩 』(山川出版社,2006)p.246によれば、神長官守矢史料館は、諏訪大社上社前宮の前の県道を南東方向に約200m進んだ右手にあります。諏訪大社上社の祭司を司った守矢家に伝わる「紙墨書守矢家文書」155点(県宝)や神使御頭(かとう,御頭祭)の資料があるとの由です。

  諏訪大社上社の祭神は、長野県の歴史散歩編集委員会『長野県の歴史散歩 』(山川出版社,2006)pp.244-246によれば、諏訪大社上社本宮建御名方命(タケミナカタノミコト,建御名方神(タケミナカタノカミ))であり、諏訪大社上社前宮建御名方命の妃神・八坂刀売命(ヤサカトメノミコト,八坂刀売神)です。倉野憲司校注『古事記』(岩波文庫,1963)pp.61-62(注),  武光誠空室検索『知っておきたい日本の神話 』(角川ソフィア文庫,2005)pp.27-29,  島崎晋,日本博学倶楽部『日本の「神話」と「古代史」がよくわかる本』(PHP文庫,2008)pp.78-80,  戸部民夫『「日本の神様」がよくわかる本 八百万神の起源・性格からご利益までを完全ガイド』(PHP文庫,2004)pp.47-50によれば、建御名方命(建御名方神)大国主命(オオクニヌシノミコト)の子供です。建御雷神(タケミカヅチノカミ)葦原中国平定古代出雲平定)を行った際に、最後まで抵抗を試みた古代出雲の神様が建御名方命(建御名方神)です。建御名方命(建御名方神)建御雷神と力比べをして敗れて古代出雲から逃げて、科野国(信濃国)州羽の海(諏訪湖)まで逃げたところで追い詰められました。ここで建御雷神に殺されそうになった建御名方命(建御名方神)は降参して、諏訪の地から出ないことを条件にして命乞いをして許されて、この地にとどまることになりました。
(注) 岩波文庫版の『古事記』は、2009年9月現在の最新版は倉野憲司校注『古事記改版』(岩波文庫,2007)であるため、私が参照した「改版となる前の1963年版」とはページ数が異なる可能性があります。


  神長官守矢史料館で2008年11月現在購入可能な、茅野市神長官守矢史料館『神長官守矢史料館のしおり』(神長官守矢史料館,1991)引用の『諏方大明神画詞(すわだいみょうじんえことば)』を『神長官守矢史料館のしおり』pp.2-3から孫引きで参照(引用)すれば、『諏方大明神画詞』には諏訪の先住民の側から見た建御名方命(建御名方神)の諏訪定着の状況が載っています。古代出雲系の稲作民族を率いた建御名方命(建御名方神)が諏訪盆地に侵入した際に、洩矢神(もりやのかみ)を長(おさ)とする先住民族は天竜川河口(注)で迎えうちましたが、建御名方命(建御名方神)に敗れてしまったとの由です。『神長官守矢史料館のしおり』pp.2-3によれば、建御名方命(建御名方神)の子孫である諏訪氏が、明治時代に世襲制神職が廃止されるまで代々、大祝(おおほうり)という諏訪大社の生神(いきがみ)の位に就き、洩矢神の子孫である守矢氏が代々、諏訪大社の筆頭神官である神長(じんちょう、後に神長官(じんちょうかん))の職に就いたとの由です。諏訪大社でも下社の大祝は科野(信濃)国造の末裔とも伝えられる金刺(かなざし)氏でしたので、『神長官守矢史料館のしおり』pp.2-3記載の諏訪大社とは諏訪大社上社のことになります。
(注) 天竜川河口」の「河口」とは、海に注ぐ河口のことではなく、恐らくは、諏訪湖から天竜川への水門辺りのことであろうと推測します。


  上述のとおり諏訪大社上社江戸時代までは、「大祝・諏訪氏,神長(神長官)・守矢氏」という、古代の地域征服者の末裔を「神」として被征服者の子孫を筆頭神官とする征服者系・被征服者系が共存する体制で運営されていました。茅野市神長官守矢史料館『神長官守矢史料館のしおり』(神長官守矢史料館,1991)p.4によれば、諏訪大社上社の祭政体は「ミシャグジ神という樹や笹や石や生神・大祝に降りてくる精霊を中心に営まれる」旨が載っており、そのミシャグジ神の祭祀権(さいしけん)を持っていたのが守矢氏であるとの由です。上述のとおり諏訪大社上社の御祭神は建御名方命(建御名方神)ですので、諏訪大社上社では建御名方命(建御名方神)を祀るという建前の下で、実は建御名方命(建御名方神)到来以前からの古い精霊信仰(アニミズム)の地元神信仰も筆頭神官によって守られてきたことになります。

  茅野市神長官守矢史料館『神長官守矢史料館のしおり』(神長官守矢史料館,1991)p.5によれば、神長・守矢氏が一子口伝で守ってきた諏訪大社上社の神長の祭事は、明治5年に世襲の神官の制度が廃止されたことを契機に、残念ながら消えてしまったとの由です。祭器や神宝については、ミシャグジ神の祭祀に用いた佐奈技鈴(サナギ鈴,後述)などを例外として明治6年に諏訪大社上社に移して、「物」としては残ったとの由です。しかし、真夜中に火の気のない祈祷殿(きとうでん)の中で一子相伝により口うつしで伝えられてきた口伝の神事の秘法は伝わらず、明治の一大変動の中で76代実久で永遠に失われてしまったとの由です。一部例外的に、ミシャグジ神御頭(おんとう)占定の秘法と蟇目神事(ひきめしんじ)だけは77代真幸に伝えられたとの由ですが、それも77代真幸を最後に途絶えてしまったとの由です。

  茅野市神長官守矢史料館『神長官守矢史料館のしおり』(神長官守矢史料館,1991)p.12-40によれば、展示品には薙鎌(なぎかま),御頭祭(おんとうさい)復元,佐奈技鈴(サナギ鈴),鉄鈴,鹿食免,守矢文書,上社古図,大祝即位の化粧道具,十角重箱,参考品(守矢家との関係が不明な銅鏡など)があるとの由です。この内いくつかについて以下に簡単に解説しますが、より詳しくは、実際に神長官守矢史料館でご覧いただき、『神長官守矢史料館のしおり』等をお買い求めの上でお読み下されば、さらに知ることができます。

  『神長官守矢史料館のしおり』pp.12-13によれば、薙鎌(なぎかま)とは諏訪神事の御神体と言われている鉄製の鎌のこととの由であり、諏訪神社の御分社の際には薙鎌を御神体として分けているとの由である他、今でも、氏子達が木を傾斜約30度の木落し坂から落とす「木落し」等の勇壮な行事で有名な諏訪大社式年祭(しきねんさい)である御柱祭(おんばしらまつり)の際には、諏訪大社上社の見立てをした御柱(決定した柱)に薙鎌を打って、御神木になったことを表示しているとの由です。また、御柱祭の前に、姫川沿いの信濃越後の国境方面の北安曇郡各地の諏訪神社に薙鎌が配布されているとの由です。特に、小谷村(おたりむら)の中土諏訪神社(中谷大宮諏訪神社)には宮司が赴いて、例祭に併せて「薙鎌祭」を行って1枚の薙鎌を奉納した上で、一旦糸魚川市に下ってから逆行して信越国境の戸土諏訪神社(小谷村(おたりむら)の廃村・戸土(とど)にある戸土・境の宮のことか?)に行き、杜の杉の大木に「薙鎌内の神事」を行うとの由です。

  『神長官守矢史料館のしおり』pp.14-23によれば、神長官守矢史料館で復元展示されている御頭祭(おんとうさい)では、前宮十間廊(まえみやじっけんろう)で行われる「神と人との饗宴」の供物の一部が復元展示されています。特に、兎の串刺し,焼皮,耳裂鹿等の神前供物の復元展示においては、残されたスケッチからだけでは説明不可能な奇妙な料理について、御頭祭の料理職であった金井氏の記録とスケッチと料理実験とで復元したとの由です。耳裂鹿については、神前に献じる75頭の鹿の中に必ず耳の裂けた鹿があり、これは神の矛(ほこ)にかかったものであるとの由です。

神長官守矢史料館の中に展示されている御頭祭(おんとうさい)での供物の復元展示です。



  佐奈技鈴(サナギ鈴)とは銅鐸ならぬ鉄鐸です。『神長官守矢史料館のしおり』pp.24-25によれば、表現までそのまま引用すれば「鍛造した薄い鉄板を、戴頭円錐形(メガホン形)に丸めた上で上端部に閂(かんぬき)を通して、鈴の形に作ってある」ものであるとの由です。この鉄鐸を古くは「御宝鈴」,「大鈴」,「御宝」,「佐奈技鈴」と呼んでいたとの由です。諏訪大社上社に6個1連で3組保管されている同形式の佐奈技鈴(サナギ鈴)は、中世以来、神長守矢家の御宝とされていたものを、明治維新後に守矢家から諏訪大社上社に移管したものであるとの由です。室町時代に大御立座神事(おおみたてまししんじ)という神使巡幸神事の中で大祝の代理となる神使(おこう)が用いた他、天文4年(1535年)に武田信虎諏訪頼満の和議の際に神長(守矢氏)が持参して誓約のしるしに鳴らしたとの由です。このように、鉄鐸・佐奈技鈴(サナギ鈴)は誓約(うけい)の鈴として、土地境界,戦争の和睦などの際に鳴らされたとの由であり、鉄鈴,陰陽石と共に、守矢家ではミシャグジ神の3つの神器として扱っているとの由です。

神長官守矢史料館の鉄鐸・佐奈技鈴(サナギ鈴)。



  『神長官守矢史料館のしおり』pp.26によれば、鉄鈴はハサミのような形をした鉄製品で、神長宮家(守矢家)の神事・祈祷に使用したとの由です。ミシャグジ神の神器の1つとして、大切に扱われているとの由です。

  鹿食免とは、『神長官守矢史料館のしおり』pp.27-28によれば、仏教の殺生禁止の思想により肉食が禁じられていた昔、諏訪大社だけは祭事のために必要だったので、特別の許可を得た鹿を食べても構わない免許のこととの由です。

  当ホームページ内の諏訪大社関連の訪問した場所は、以下のとおりです。
当ホームページ内の諏訪大社関連の訪問記
分類 訪問記
諏訪大社 諏訪大社上社本宮
諏訪大社上社前宮
博物館 神長官守矢史料館



最寄りの訪問先  : 
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奥蓼科温泉郷 渋御殿湯
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諏訪市 諏訪大社上社本宮
茅野市 諏訪大社上社前宮
神長官守矢史料館
尖石縄文考古館・尖石遺跡
御射鹿池(みしゃかいけ)
(東山魁夷画伯の名画「緑響く」のモデル地)
横谷渓谷


鹿児島県内の古代史関連観光スポット訪問記

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カテゴリー 地域 訪問or体験したスポット
古代遺跡&古代遺跡博物館 鹿児島市 鹿児島市立ふるさと考古歴史館(掃除山遺跡,草野貝塚関係の展示)
指宿市 時遊館COCCOはしむれ(指宿市考古博物館),橋牟礼川遺跡
霧島市 上野原縄文の森(上野原遺跡)
博物館
(古代史専門ではありませんが、古代史関連の展示もある博物館)
鹿児島市 鹿児島県歴史資料センター黎明館
薩摩川内市 川内歴史資料館
霧島市 霧島市立隼人歴史民俗資料館
天孫降臨伝説日向神話 霧島周辺 霧島神宮
(天孫降臨伝説のニニギノミコトが祭神。良い神社が多い鹿児島県内でも、特に別格的にお薦めの神社)
霧島神宮古宮址
高千穂峰登山(霧島神宮御神体:天孫降臨の場所)
薩摩川内市 新田神社(薩摩国一宮)
可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
霧島市 鹿児島神宮(大隅国一宮)
高屋山上陵
(日向神話の彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト,別名・火遠理命(ホオリノミコト),山幸彦)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
奈良時代 薩摩川内市 薩摩国分寺跡史跡公園
その他 鹿児島の観光スポット訪問記については、当ページ(当画面)内の観光地訪問記一覧に目次があります。



感想  :    神長官守矢史料館には、2008年に母校学部学生時代からの親友と一緒に奥蓼科温泉 渋御殿湯に温泉旅行をしに行った機会があり、その翌日、諏訪大社上社本宮諏訪大社上社前宮とはしごをして訪れました。神長官守矢史料館は、解説欄で述べたとおり、諏訪大社上社の筆頭神官・神長(神長官)の職を、明治5年に世襲の神官の制度が廃止されるまで世襲していた守矢氏の資料を展示する博物館です。このため、諏訪大社上社お参り観光の一環として訪れるのにお薦めの博物館です。

  実は、神長官守矢史料館では是非とも見たい展示品がありました。それは、諏訪大社上社本宮宝物殿と神長官守矢史料館とに展示されているもので、銅鐸ならぬ鉄鐸の神宝・佐奈技鈴(サナギ鈴)というものです。それは、「葦原中国平定古代出雲の国譲り)が、どのような史実が神話化したものであるか」に関する私なりの仮説の傍証になるかという期待があったからでした。以下に、詳しく解説します。

  『古事記』・『日本書紀』の記紀の神話時代の内容については、第二次世界大戦の戦前には皇国史観に基づいて「書かれているものは全てが事実だ」とされ、戦後は津田左右吉に代表される文献批判学によって逆に全て否定され、その歴史学上の取り扱いについては、極端から極端にブレて来てしまいました。

  私は、皇国史観のように『神話が全て史実である』と見なすのは非科学的だ」と思う反面、「その180度逆の戦後の文献批判学も、本人達が実証科学だと思っていても実は実証科学とは180度逆で非科学的であり、非科学的である点については同様だ」と見なしています。西洋ではシュリーマントロイ発掘によってホメロスの『イーリアス』には元になる史実があった旨が明らかになって文献批判学が壊滅し、さらに今日では聖書考古学によって様々な発見が行われているのに対して、文献批判学が蔓延している日本の考古学は100年以上は遅れていると思っている訳です。

  それでは、「神話が全て史実である」と思う皇国史観的方法論も、その180度逆の文献批判学も、両者共に非科学的方法論であるとして排した上で、真っ当な科学的方法論に基づく古代史研究姿勢とは何か、ということが課題になります。その答えはべらぼうに簡単です。「神話は事実そのもの自体ではないが、元になった史実はあり、それが神話化したのだ」ということです。神話を100%肯定するのでも逆に100%否定するのでもなく、「どのような史実がどのような神話に化けたのか」という仮説モデルを反証可能な形で構築し、それを考古学的発掘事実と文献とで反証して、反証に耐えて残る仮説モデルを、「今のところ、間違っているとは、まだ言えない仮説モデル」として採用すれば良いのです。物証だけが事実なのではない。文献も事実の構成要素だとした上で、さはさりながら神話は史実そのもの自体ではないので、神話から史実を復元すれば良いと思う訳です(注)。なお余談ながら、神々については、後述においても「神様の名前」の固有名詞を用いますが、「神話化される前の史実」においては「神様」ではなく「ヒト(『哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属ヒトという種の動物』)」です。
(注) ただし、歴史学のビッグ・ネームの中では唯一、理系人間の目で見て方法論的に間違っていないと思える安本美典が指摘するように、文献も考古学的発掘事実も共に素材が不十分な中では、「間違っているとは、まだ言えない仮説モデル」が、まだ複数残っている可能性があり得ます。このため、「絶対にこれしかない!」というような思い込みは禁物であり、或る説を採用しても、「いつか、発掘結果で反証される可能性」を心の中で留保しておく必要があります。反証可能性の有無こそが実証科学と哲学との「運命の分かれ道」であり、反証可能性が無かったら、その研究は実証科学ではなくなってしまいます(この点について詳しくは、拙個人公式HP内の「科学的方法論について」ご参照)。反証可能性の維持貫徹、これこそが、実証科学者としての科学的良心というものです。


  理科系的な真っ当な科学的方法論の視点で見た場合、中には地域性や特定のイデオロギーに基づいて我田引水的な論外な方法論を採用している輩や、プロでさえ床屋論議レベルの「思い込み」仮説も多い日本の古代史においては、数少ない例外的にマトモな研究者として、安本美典の説は、数少ない真っ当なものの中の一つであろうと私は考えております。このため、安本美典の説を全てではありませんが、今のところ私は採用しており、大項目で申せば、以下の(1)〜(5)の5点は妥当な説だと考えております。
(1) 邪馬台国は九州福岡県の甘木・朝倉にあった。
(2) 古事記』・『日本書紀』の記紀の神話時代の記述にも「元になった事件」はあるが、諸神や「人間の歴史以降の天皇陛下」の寿命や在位年数には誇張がある。推測統計の手法を用いて平均在位年数を推測すれば約10年と考えるのが妥当であり、この在位で計算すると天照大神は丁度、卑弥呼が在位した3世紀半ばに合致する。故に、高天原邪馬台国であり、天照大神卑弥呼であると見なすことができる。
(3) 言い換えれば、記紀の神話時代の記載内容の元になった事件は概ね、3世紀(西暦200年代)に起きたものである。
(4) 神武天皇による神武東征はあった。
(5) いわゆる欠史八代の天皇は実在する。

細かな点で申せば、安本美典が言うような「天岩戸事件は、卑弥呼の死と台与が神話化したものである」説は、まだ排除してはいませんが採用も早計だと思ったりしている等、100%賛成している訳ではありませんが、大筋としては概ね賛成しています。
安本美典の本 → 

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  安本美典の説に基づけば、葦原中国平定古代出雲の国譲り)の神話の元になった史実も、3世紀にあった旨が推測可能です。そして、銅鐸文明圏と、「銅剣銅矛は出土しても、銅鐸は出土しない」文明圏との分布には明らかに統計的に有意な差があることから、古代出雲政治勢力は銅鐸を祭器とする部族であり、「高天原邪馬台国=九州北部=皇室の祖先」文明圏は銅鐸を祭器とはしない部族であり、後者の祭器が、今日の「鏡・剣・玉の三種の神器」になっていると考えております。人によっては、荒神谷遺跡から銅矛や大量の銅剣が出たことから、従来言われていたような「『九州北部の銅剣銅矛文明圏』と『畿内(関西)から古代出雲にかけての銅鐸文明圏』との区別」は消滅したと考えている人もいますが、少なくとも2009年9月現在までの時点では、九州北部系地域と「畿内(関西)から古代出雲にかけての地域」との間で銅鐸の出土分布に統計的に有意な差がある旨と、九州から来た旨の伝承がある皇室の三種の神器に「鐸」が無い旨は、いささかも揺らいでいません。荒神谷遺跡の発掘以来、銅鐸の出土分布に意味が無くなったと誤解している方々は、恐らくは、「差の検定」などの推測統計に基づく分析を行っているとは思えません。

  神話の元になった史実を推測すれば、3世紀というのは、国家統一をかけて激しく地域間戦争が行われて殺し合いが行われていた戦乱の時代であるため、銅鐸を祭器とする部族でも銅剣を祭器としていてもなんら不思議ではありません。注目すべきは、銅剣があったか否かではなく、銅鐸があったか否かだと私は考えます。そして、伊邪那岐命(イザナギノミコト,伊弉諾神)伊弉冉(イザナミノミコト,伊邪那美、伊弉弥)の結婚の神話の元になった史実が、葦原中国平定古代出雲の国譲り)の神話の元になった史実の1〜2世代前に行われた九州北部系部族と古代出雲との政略結婚であり、天照大神(=卑弥呼)は九州北部系部族のリーダーになったが、素戔男尊(スサノオノミコト,建速須佐之男命)は「高天原邪馬台国=九州北部」で問題(恐らくは戦争か内乱の類)を起こした末に母神の故郷・古代出雲に戻って行ったのだという仮説を想定すれば、話の辻褄(つじつま)は合います。出典は省略しますが荒神谷遺跡で発掘された銅剣の本数は当時の古代出雲の神社の数とほぼ一致する旨は今日ではよく知られており、神社は元々古代豪族の文字通り「宮(宮殿)」が信仰対象化したものであるので古社の分布から古代の勢力分布が推測可能である旨と併せて鑑みれば、荒神谷遺跡銅剣の本数は、古代出雲に一大勢力圏があった旨と、それを束ねるだけの政治権力があった旨とを推測させる発掘だと言えます。そして、荒神谷遺跡加茂岩倉遺跡銅鐸銅剣が埋められていた旨は、安本美典『邪馬台国と出雲神話 銅剣・銅鐸は大国主の命王国のシンボルだった』(勉誠出版,2004)pp.329-333の説に賛成であり、葦原中国平定古代出雲の国譲り)の神話の元になった史実と何か関係のあることであろうと私は考えています。

  学説の中には鳥越憲三郎『出雲神話の誕生』(講談社学術文庫,2006)pp.139-153のように古代出雲に強力な政権は無かったという説もありますが、私は、安本美典『邪馬台国と出雲神話 銅剣・銅鐸は大国主の命王国のシンボルだった』(勉誠出版,2004),  滝音能之『「出雲」からたどる古代日本の謎』(青春出版社,2003)pp.124-153のように古代出雲に大勢力があったと考える方が妥当であり、『古事記』・『日本書紀』の出雲記述に対して文献批判的である鳥越憲三郎のような仮説に対する良き反証となるのが荒神谷遺跡であろうと考えています。鳥越憲三郎『出雲神話の誕生』(講談社学術文庫,2006)では、例えば古代出雲の勢力が実は小さかったであろう旨の根拠の一つにp.98で古代出雲には出雲大社があった出雲西部よりも東部に古墳が多いなどとして大国主命勢力が滅びた後の時代の地域内勢力分布を例示しているなど、物証の使い方については、比較すべき時代の選び方に無理筋とも言える強引な箇所もあります。まぁ、鳥越憲三郎『出雲神話の誕生』(講談社学術文庫,2006)が文庫化される以前の単行本出版年は1966年であり荒神谷遺跡発見前のことですので、仕方が無いのかも知れませんが。

  余談ながら、古代の畿内(関西)が銅鐸文明圏であるということと、皇室の三種の神器に「鐸」が無いということと、皇室に九州から来た旨の神話がある旨と、九州北部の銅鐸出土例が統計的に有意な差で少ない旨とは、極めて整合性のある話であり、これらは皇室の祖先は大和(畿内=関西)出身ではなく九州から来たものであり、神武東征の元になる史実があった旨を示唆すると私は考えております。神武天皇が九州北部から直接ではなく、日向神話のように南九州経由で来た経緯に関する私なりの仮説については、当ホームページ内の可愛山陵訪問記の感想欄で述べておりますので、そちらでご参照可能です。この点については、諏訪大社の由来になった神話の元になった史実についての仮説からは脱線しますので、このページでは詳しくは触れません(ので、詳しくは、可愛山陵訪問記をご参照下さい)。
天孫降臨伝説などの日向神話の元になった史実に関する私の仮説について   →   (当HP内の)可愛山陵訪問記
(感想欄に掲載)


  上述のような仮説に立脚した場合、或る意味、「葦原中国平定古代出雲の国譲り)の元になった史実」の際の「古代出雲系王族の落ち武者」である建御名方命(タケミナカタノミコト,建御名方神)の亡命先地域であり、その建御名方命が降伏して助命される代わりに封じられて、その子孫が代々「生神様」として大祝(おおほうり)職を務めた諏訪大社上社の神宝が「鉄鐸・佐奈技鈴(サナギ鈴)」であるということは、「古代出雲銅鐸文明圏の名残りなのではないか」という仮説を私は立てていました。私が佐奈技鈴(サナギ鈴)を見たかった理由は、この仮説の傍証となる物証をこの目で見てみたいと思っていたからです。

神長官守矢史料館の鉄鐸・佐奈技鈴(サナギ鈴)。



  実際に佐奈技鈴(サナギ鈴)を拝見して感動しましたが、訪問した印象は、個人的には衝撃的と言っても過言ではないくらいに意外なことでした。私は訪問前までは神長(神長官)を代々世襲してきた守矢氏については詳しくは知らず、単に諏訪大社上社の筆頭神官の世襲職を代々継いできた家程度の認識しかなかったので、古代出雲系部族の一員だと誤認しておりました。ところが実は、解説欄で述べたとおり「古代出雲系部族の落ち武者の王族」たる建御名方命から征服された、元々の諏訪地方の地方神の一族(王族)の末裔だったのです。そして、守矢氏は、建御名方命という建前の上での諏訪大社の祭神を祀る宗教行事のためではなく、元々の土着神・ミシャグジ神を祀る宗教行事のために佐奈技鈴(サナギ鈴)を使っていたのでした。

  このことは、「鉄鐸・佐奈技鈴(サナギ鈴)は、古代出雲銅鐸文明圏の名残りである」という私の仮説が、もしかしたら成立しないかも知れない旨を示唆します。ここで気になることは、この鉄鐸が、建御名方命が持ち込んだことによって守矢家が司る祭器になったのか、それとも建御名方命到来前から守矢氏(到来時点では洩矢神(もりやのかみ))の祭器であったのか、どちらだろうか、ということです。仮に、事後にミシャグジ神を祀るための祭器と化したとしても元々は建御名方命が持ち込んだのであれば、「鉄鐸・佐奈技鈴(サナギ鈴)=古代出雲銅鐸文明圏の名残り」説は成立することになりますが、元々あったのであれば、鉄鐸・佐奈技鈴(サナギ鈴)は銅鐸とは全く無関係である可能性が高くなると思います。

  実際に訪問するまで、洩矢神ミシャグジ神なんて知らなかった・・・うーん、古代史は奥が深い。「あなどれない!」と思いました。

  「洩矢神建御名方命に征服された」旨の神長(神長官)・守矢家に伝わる伝承・地域神話は、『古事記』の「建御名方神の諏訪への逃亡」神話とは矛盾せず、整合性のある話だと思います。単にローカル過ぎて『古事記』には載らなかった話が伝承されて残っているということだと思います。ただし、建御名方神による諏訪征服の元になった史実は、『古事記』の「建御名方神の諏訪への逃亡」神話の元になった史実のタイミングではなく、それよりも以前の時点の出来事である可能性が高いと私は思います。であれば、建御名方神による諏訪征服は、「葦原中国平定古代出雲の国譲り)の元になった史実」以前の大国主命全盛期の、出雲勢力の「信越地域方面軍軍団長」or「信越子会社社長」による征服活動であったということになります。であれば、「建御名方神の諏訪への逃亡」神話では、建御名方神は全く無関係の場所に逃げて行ったのではなく、自分の本拠地に逃げ帰ったのだということになると思います。建御名方神による諏訪征服が、「葦原中国平定古代出雲の国譲り)の元になった史実」よりも前のことであろうと考える根拠は、以下のとおりです。
(1) 倉野憲司校注『古事記』(岩波文庫,1963)pp.48-50(注1),  荻原千鶴『出雲国風土記 全訳注』(講談社学術文庫,1999)p.93,  『先代旧事本紀』(新人物往来社『歴史読本』2008年11月号別冊付録「POCKET BOOK 歴蔵」)p.101の「地祇本紀」(注2)によれば、建御名方神の父神・大国主命の妻(複数)の相手の中に高志の国の奴奈川姫命(ヌナカワヒメ,沼河比売,奴奈宜波比売命)がいるということ。なお、新潟県の奴奈川神社は、奴奈川姫命を祀る神社です。
(注1) 岩波文庫版の『古事記』は、2009年9月現在の最新版は倉野憲司校注『古事記改版』(岩波文庫,2007)であるため、私が参照した「改版となる前の1963年版」とはページ数が異なる可能性があります。
(注2) 先代旧事本紀』は学術的には偽書ともされていますが、局所的には資料価値があるという説もある書物です。

(2) 『先代旧事本紀』(新人物往来社『歴史読本』2008年11月号別冊付録「POCKET BOOK 歴蔵」)p.101の「地祇本紀」(注1),  新潟県糸魚川市ホームページ ・ 奴奈川姫(ぬなかわひめ)の伝説,  伝説とひすいの郷 親不知・子不知 ・ 奴奈川姫 ・ 奴奈川姫と御子神たち,  『日本周遊紀行』(ブログ) ・ 日本周遊紀行(229) 糸魚川 「奴奈川姫と翡翠」,  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ・ 大国主によれば(全て2009年9月参照)(注2)建御名方神大国主命奴奈川姫命(沼河比売)の間の子である旨の伝承があるため、大国主の御子神とは申せ、建御名方神の本拠地が古代出雲であったとは限らないこと。特に、『日本周遊紀行』(ブログ) ・ 日本周遊紀行(229) 糸魚川 「奴奈川姫と翡翠」によれば(2009年9月参照)、複数ある奴奈川姫命(沼河比売)の最後の状況の中の伝承の一つに、「途中で諏訪から息子が迎えに来て、姫川山中で余生を送った」という内容の話があり、このように、「葦原中国平定古代出雲の国譲り)の元になった史実」よりも前の時点で既に建御名方神の本拠地が諏訪であった旨が窺える地域伝承が存在すること。
(注1) 先代旧事本紀』は学術的には偽書ともされていますが、局所的には資料価値があるという説もある書物です。
(注2) 上記参照先ホームページやブログは、当ホームページから見れば孫引き引用もしくは孫引き参照となる訳ですが、それらの情報の引用元は、奴奈川神社社伝や、關甲次郎著『柏崎文庫』という古書などである模様です。『日本周遊紀行』(ブログ) ・ 日本周遊紀行(229) 糸魚川 「奴奈川姫と翡翠」(2009年9月参照)掲載の、「姫川山中で余生を送った」旨の奴奈川姫命(沼河比売)の最後の状況の異説の伝承の、元々の出典は不明です。

(3) 荻原千鶴『出雲国風土記 全訳注』(講談社学術文庫,1999),  安本美典『邪馬台国と出雲神話 銅剣・銅鐸は大国主の命王国のシンボルだった』(勉誠出版,2004),  滝音能之『「出雲」からたどる古代日本の謎』(青春出版社,2003)で、2009年9月まで読んだ限りでは(=読む際の見落としが無い限り)、古代出雲奴奈川姫命(沼河比売)関連の古社では、奴奈川姫命(沼河比売)の娘の御穂須々美命をかつて祀っていた美保神社があり、これが所在地・旧島根郡美保郷の地名の由来になった旨が載っているに過ぎず、建御名方神を祀った神様を見つけることがでなかったこと。「大国主命の御子神なのに、建御名方神を祀っていた古社が古代出雲に無かった」ということは、建御名方神の本拠地が古代出雲ではなかった可能性を示唆します。なお、滝音能之『「出雲」からたどる古代日本の謎』(青春出版社,2003)pp.117-118によれば、美保神社の祭神は、『出雲国風土記』の時代には御穂須々美命でしたが、今日では事代主(コトシロヌシ)神三穂津姫(ミホツヒメ)命に祭神が変更になっているとの由です。
(4) さらに、武光誠『知っておきたい日本の神話』(角川ソフィア文庫,2005)pp.27-29,  戸部民夫『「日本の神様」がよくわかる本 八百万神の起源・性格からご利益までを完全ガイド』(PHP文庫,2004)pp.47-50によれば、全国にある約5,700社の諏訪神社の内、1,000社が長野県,1,500社が新潟県と信越両県に偏在していることから、この「勢力圏」からは、単に亡命地として諏訪に来ただけでなく、諏訪への幽閉前に既に新潟県に勢力があった旨が窺えること。つまり、「葦原中国平定古代出雲の国譲り)の元になった史実」で建御名方神が諏訪の地に封じられるよりも前に、「既に諏訪に勢力圏を確立した上で母神・奴奈川姫命(沼河比売)の地・新潟にも勢力圏を確立していたた」と考えれば辻褄(つじつま)が合うこと。


  余談ながら、上述の信越地方の建御名方神の勢力圏については、本ページの解説欄で述べた、薙鎌(なぎかま)に関する神事で地方を巡る際に、一旦糸魚川市に行くという話とは極めて平仄(ひょうそく)が合う話だと思います。糸魚川市とは、正に、建御名方神の母神・奴奈川姫命(沼河比売)が統治した場所だったからです。

  建御名方神による諏訪征服に関して興味深いことは、茅野市神長官守矢史料館『神長官守矢史料館のしおり』(神長官守矢史料館,1991)pp.2-3によれば、建御名方神が稲作文明をもたらしたとされている点です。このことは、建御名方神襲来以前の元々の洩矢神率いる原住民部族は、縄文時代的文化の名残を残すような狩猟採集生活か、稲作以外の農耕生活を送っていた旨を明言する伝承であると言えるでしょう。この伝承は、農業技術普及史の上でも興味深い伝承であると同時に、神長官守矢史料館で展示されている御頭祭(おんとうさい)での供物の構成とも平仄(ひょうそく)が合う伝承であるように思います。

神長官守矢史料館の中に展示されている御頭祭(おんとうさい)での供物の復元展示です。



  なお、私は、神長官守矢史料館を訪問する以前までは、建御名方神に征服された原住民部族の族長の子孫は、諏訪大社下社の大祝(おおほうり)職を中世まで代々務めた金刺(かなざし)氏であると、事実誤認していました。実際には原住民部族族長は洩矢神であり、その子孫は守矢家であった訳で、完全に事実誤認しておりました。科野(信濃)国造の末裔とも皇別であるとも言われている旨を今回の旅行で初めて知ったのですが、もしかしたら金刺氏の祖先は、「高天原=九州北部」部族による建御名方神の監視官だった可能性があり得ると思います。もっとも、これは可能性であるに過ぎず、もしかしたら金刺氏は建御名方神の同族か部下の一族であるという、別の可能性も否定できません。

  何はともあれ、神長官守矢史料館は古代史について仮説モデルを立てるためには、今まで知らなかったことを新たに知ることができて、良き勉強になりました。古代日本史に関して仮説を立てるためには、イチオシでお薦めのスポットだと思いました。


当HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」を紹介する本  : 
本の表紙
   共著:高知工科大学大学院起業家コース著『木の葉、売ります。ベンチャーに見る日本再生へのヒント 』((株)ケー・ユー・ティー発行,丸善発売,2006年12月10日),\1,575−.





神長官守矢史料館の入り口にある看板です。道を行くと、この看板が目印になります。




神長官守矢史料館の門です。道路からは、少し奥まった所にあります。




神長官守矢史料館の門のどアップです。




神長官守矢史料館の敷地の中にあった建物です。




神長官守矢史料館の建物です。




神長官守矢史料館の建物・その2。




神長官守矢史料館の建物・その3。




神長官守矢史料館の中の解説板です。




神長官守矢史料館の中に展示されている御頭祭(おんとうさい)での供物の復元展示です。




神長官守矢史料館の鉄鐸・佐奈技鈴(サナギ鈴)。




神長官守矢史料館の敷地の中にある、うろ覚えですが、守矢家の建物です。




神長官守矢史料館の敷地の中にある、御頭御社宮司(おんとうミシャグチ)総社です。




当ホームページ内の諏訪大社関連の訪問記
分類 訪問記
諏訪大社 諏訪大社上社本宮
諏訪大社上社前宮
博物館 神長官守矢史料館



神長官守矢史料館から歩いて行ける距離に、諏訪大社上社本宮があります。




神長官守矢史料館から歩いて行ける距離に、諏訪大社上社前宮があります。




縄文時代の遺跡公園と博物館の尖石縄文考古館,尖石遺跡,与助尾根遺跡です。この時の旅行では、尖石縄文考古館,尖石遺跡,与助尾根遺跡にも行きました。




東山魁夷の名画「緑響く」の取材地・御射鹿池(みしゃかいけ)です。この時の旅行では、御射鹿池にも行きました。




横谷渓谷(横谷峡)です。この時の旅行では、横谷渓谷(横谷峡)にも行きました。




奥蓼科温泉 渋御殿湯の「東の湯」の湯船です。この時の旅行では、奥蓼科温泉 渋御殿湯に泊まって入湯しました。




奥蓼科温泉郷 明治温泉旅館の全景です。この時の旅行では奥蓼科温泉郷 明治温泉旅館に立ち寄り湯しました。




下諏訪の毒沢鉱泉神乃湯の浴槽です。この時の旅行では、毒沢鉱泉神乃湯に立ち寄り湯しました。




例えば茅野駅,  上諏訪駅,  下諏訪駅,  松本駅等の中央本線,  篠ノ井線の駅へは、東京からはJR東日本の特急「あずさ,スーパーあずさ)」で行くことができます(写真の車両は2008年11月現在,運行されている列車名は2010年1月現在)
  時刻表や予約 →  JR東日本公式WEBサイト





例えば松本駅等の中央本線,  篠ノ井線の駅へは、名古屋からはJR東海 ・ 特急電車「ワイドビューしなの」で行くことができます(列車名及び写真の車両は2009年12月現在)。ただし、例えば茅野駅,  上諏訪駅,  下諏訪駅等の中央本線・中央東線の駅には、塩尻駅で、例えば特急「あずさ,スーパーあずさ)」等のJR東日本の列車に乗り換える必要があります・
  時刻表や予約 → 
(中央東線を除く)
JR東海公式WEBサイト




この地域ではありませんが、日本神話関連の神社系観光スポットとしては、天孫降臨伝説でニニギノミコトが降臨した、鹿児島県の天逆鉾がある高千穂峰(写真上),  ニニギノミコトを祀る霧島神宮(写真中),  ニニギノミコトの御陵・可愛山陵(えのさんりょう)(写真下)等があります。鹿児島県は、天孫降臨伝説,山幸彦と海幸彦などの日向神話のふるさとです(注)
(注) 2009年現在の鹿児島県は、日向国から大宝2年(702年)に薩摩国が分立し(独立当初の名前は唱更国)、和銅6年(713年)に大隅国が独立するまでの間は、日向国に属していました。奈良時代以降の状況で考えればついつい「何故、鹿児島県日向国なのか?。日向国ならば宮崎県ではないのか?」という疑問が湧いて来てしまいがちですが、日向神話の時代には日向の一部でしたので、鹿児島県が「日向神話のふるさと」でも、なんらおかしなことはありません。

○   天孫降臨伝説などの日向神話の元になった史実に関する私の仮説について   →   (当HP内の)可愛山陵訪問記
(感想欄に掲載)

高千穂峰
霧島神宮
可愛山陵



この地域の温泉&観光スポット

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宿,温泉



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(奥蓼科温泉郷には分類されない場合もある、蓼科中央高原温泉郷との境界線上の温泉宿です。)
乙女滝温泉(温泉施設,休業中?
(リンク先はアット・ニフティ@nifty ・ 地図 いつもNAVIのサブ・コンテンツ。乙女滝温泉は、蓼科パークホテル経営で隣接の総合レジャー施設の蓼科グリーンバレー・城戸ホールにある立ち寄り湯で、奥蓼科温泉郷には分類されない場合もある、蓼科中央高原温泉郷との境界線上の温泉施設です。ブログ「温泉紀行: 横谷温泉」によれば(2010年2月参照)「現在日帰り浴場休業中」とあったり、2010年2月現在、グリーンバレーのURL「http://www.greenvalley.co.jp/」が消えていたりするので、休業中で経営していない可能性があります。訪れて休業中だった場合には、時間によっては蓼科パークホテルで入湯が可能な模様です。乙女滝温泉については、温泉の旅 ・ 乙女滝温泉,  信州とっておき情報 ・ 乙女滝温泉(蓼科グリーンバレー パークホテル 夕映えの湯・城戸ホール),  るんるん温泉記 ・ 蓼科横谷峡乙女滝温泉(城戸ホール)でご覧いただけます。)
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下諏訪観光協会(下諏訪町産業振興課)
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<鹿児島の温泉・観光のご紹介>
NHK大河ドラマ「篤姫」や「翔ぶが如く」の舞台であり、日本2位の県別源泉数を誇る温泉天国・鹿児島県には、例えば以下のような素敵な温泉・観光スポットがあります。

高千穂峰 霧島神宮 天孫降臨伝説でニニギノミコトが降臨した高千穂峰の天逆鉾(写真左)と、ニニギノミコトを祀る霧島神宮(写真右)

霧島連山 可愛山陵 霧島連山(写真左)と、ニニギノミコトの御陵・可愛山陵(写真右)

城山観光ホテル 山川ヘルシーランド露天風呂 城山観光ホテル:桜島が見える展望露天風呂「さつま乃湯」(写真左)と、山川ヘルシーランド露天風呂(写真右)

新湯温泉・霧島新燃荘 旅行人山荘 霧島温泉にある、秘湯・新湯温泉・霧島新燃荘(写真左)と、露天風呂の人気が高い旅行人山荘(写真右)

ドルフィンポート いおワールド かごしま水族館 鹿児島ウォーターフロント「ドルフィンポート」(写真左)と、隣接するいおワールド かごしま水族館(写真右)

尚古集成館 島津家別邸・名勝 仙巌園(磯庭園) 尚古集成館(島津斉彬公による集成館事業の産業遺産)(写真左)と、隣接する島津家別邸・名勝 仙巌園(磯庭園)(写真右)

城山(城山展望台) 鶴丸城(鹿児島城) 城山(城山展望台)(写真左)と、敷地内に博物館「鹿児島県歴史資料センター黎明館」がある鶴丸城(鹿児島城)(写真右)

フラワーパークかごしま 岩崎美術館・工芸館 フラワーパークかごしま(写真左)と、黒田清輝藤島武二など鹿児島出身の画家の絵が見られる岩崎美術館・工芸館(写真右)

知覧特攻平和会館 知覧武家屋敷群 知覧特攻平和会館(写真左)と、薩摩の小京都・知覧武家屋敷群(写真右)

川内川花火大会 薩摩金山蔵 川内川花火大会(写真左)と、金山坑道跡産業遺産坑道跡内焼酎醸造蔵工場見学の二重の意味で産業観光を楽しめ、焼酎風呂もある鉱泉水利用温浴施設「杜氏乃湯」薩摩料理・芋焼酎レストランも楽しめる薩摩金山蔵(写真右)

白谷雲水峡 屋久杉ランド(ヤクスギランド) ユネスコの世界遺産(自然遺産)の島・屋久島白谷雲水峡(写真左)と、屋久杉ランド(ヤクスギランド)(写真右)







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「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」の訪問記or体験記
地域 訪問or体験した観光地orスポット
鹿児島県全体 鹿児島の芋焼酎が楽天市場で買える鹿児島県内店(リンク先は当HP管理人のブログ・カミタク・ブログの記事。)
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市電(リンク先は当HP管理人の別サイト・鉄道艦船航空陸自マニアのサブ・コンテンツ。)
鹿児島市内(含む桜島) カゴシマシティビュー乗車記(鹿児島市内観光地周遊バス)
鹿児島市内(含む桜島) 尚古集成館(島津斉彬公による我が国初の洋式工業団地・集成館事業の産業遺産)
鹿児島市内(含む桜島) 島津家別邸:名勝 仙巌園(磯庭園)
鹿児島市内(含む桜島) 猫神神社(+猫グッズ専門店「猫屋」)
鹿児島市内(含む桜島) 磯工芸館(旧島津家吉野植林所)
鹿児島市内(含む桜島) 薩摩ガラス工芸(薩摩切子)工場見学
鹿児島市内(含む桜島) 磯くわはら館(旧芹ヶ野島津家金山鉱業事業所建物のレストラン)
鹿児島市内(含む桜島) 異人館(旧鹿児島紡績所技師館)
鹿児島市内(含む桜島) caf'e潮音館(旧・重富島津家別邸米蔵の石蔵のカフェ:田之浦潮音館)
鹿児島市内(含む桜島) 城山(城山展望台)
鹿児島市内(含む桜島) 鶴丸城(鹿児島城)
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島県歴史資料センター黎明館
鹿児島市内(含む桜島) 薩摩義士碑
鹿児島市内(含む桜島) 大中寺(薩摩義士の墓)
鹿児島市内(含む桜島) 平田公園(平田靱負屋敷跡&平田靱負銅像)
鹿児島市内(含む桜島) 西郷隆盛銅像
鹿児島市内(含む桜島) 大久保利通銅像
鹿児島市内(含む桜島) 維新ふるさと館
鹿児島市内(含む桜島) 甲突川河畔(桜のお花見&歴史散策)
鹿児島市内(含む桜島) 東郷平八郎誕生地
鹿児島市内(含む桜島) 示現流兵法所史料館(示現流史料館)
鹿児島市内(含む桜島) 天璋院篤姫の生家・今和泉島津家本邸跡
鹿児島市内(含む桜島) 南洲神社・南洲墓地
鹿児島市内(含む桜島) 西郷南洲顕彰館
鹿児島市内(含む桜島) 西郷洞窟
鹿児島市内(含む桜島) 福昌寺跡(島津家墓地)
鹿児島市内(含む桜島) 照国神社と六月灯
鹿児島市内(含む桜島) 探勝園跡(島津三銅像〜照国神社脇の島津斉彬公像,島津久光公像,島津忠義公像〜
鹿児島市内(含む桜島) 荒田八幡宮と六月灯
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市立美術館
鹿児島市内(含む桜島) 長島美術館
鹿児島市内(含む桜島) 陽山美術館
鹿児島市内(含む桜島) 児玉美術館
鹿児島市内(含む桜島) 三宅美術館
鹿児島市内(含む桜島) かごしま近代文学館・かごしまメルヘン館
鹿児島市内(含む桜島) 石橋記念公園・石橋記念館(祇園之洲公園)
鹿児島市内(含む桜島) いおワールド かごしま水族館
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市平川動物公園
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島市立ふるさと考古歴史館(掃除山遺跡出土品,草野貝塚展示博物館)
鹿児島市内(含む桜島) 県立吉野公園(桜のお花見の名所)
鹿児島市内(含む桜島) 多賀山公園(東郷平八郎銅像,東福寺城址)
鹿児島市内(含む桜島) おはら祭
鹿児島市内(含む桜島) かごしま錦江湾サマーナイト大花火大会
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島ウォーターフロント「ドルフィンポート」
鹿児島市内天文館 山形屋百貨店
鹿児島市内(含む桜島) 天文館(鹿児島の中心街・繁華街)
鹿児島市内天文館 うなぎの末よし
鹿児島市内天文館 正調さつま料理 熊襲亭
鹿児島市内天文館 cafe de MANON(カフェ・ド・マノン)
鹿児島市内天文館 唐芋ワールド
鹿児島市内天文館 T−MAXボウル(T-MAX BOWL)
鹿児島市内(含む桜島) アミュプラザ鹿児島&大観覧車アミュラン
鹿児島市内(含む桜島) 南洲寺(僧月照の墓)
鹿児島市内(含む桜島) 南林寺由緒墓
鹿児島市内(含む桜島) 松原神社
鹿児島市内(含む桜島) 天保山公園(坂本竜馬新婚の碑,共月亭,砲台跡,調所広郷の像)
鹿児島市内(含む桜島) 慈眼寺公園(慈眼寺跡)
鹿児島市内(含む桜島) 谷山神社
鹿児島市内(含む桜島) 鹿児島カテドラル・ザビエル教会
鹿児島市内(含む桜島) ザビエル滞麑記念碑(ザビエル公園)
鹿児島市内(含む桜島) 桜島納涼観光船
鹿児島市内(含む桜島) 桜島フェリー
鹿児島市内(含む桜島) 桜島(特に湯之平展望所)
鹿児島市内(含む桜島) 桜島焼窯元・桜岳陶芸
指宿周辺 岩崎美術館・工芸館
指宿周辺 時遊館COCCOはしむれ(指宿市考古博物館),橋牟礼川遺跡
指宿周辺 知林ヶ島
指宿周辺 特別快速なのはなDX
知覧周辺 知覧特攻平和会館
知覧周辺 知覧武家屋敷群
知覧周辺 ミュージアム知覧(南九州市立博物館)
知覧周辺 薩摩英国館
南薩地域(指宿市山川) 長崎鼻
南薩地域(指宿市山川) フラワーパーク かごしま
南薩地域(指宿市山川) JR日本最南端の駅「西大山駅」
南薩地域 開聞岳 & 開聞山麓自然公園
南薩地域 池田湖
南薩地域 あじろ浜(網代浜)訪問記&坊津観光案内
霧島周辺 霧島神宮
霧島周辺 霧島神宮古宮址
霧島周辺 高千穂河原&高千穂河原ビジターセンター
霧島周辺 霧島連山登山(霧島トレッキング・霧島縦走コース:韓国岳,獅子戸岳,新燃岳,中岳)
霧島周辺 高千穂峰登山
霧島周辺 高千穂牧場
霧島周辺 生駒高原 コスモス園
霧島周辺 特急きりしま
霧島周辺 観光特急「はやとの風」(肥薩線の旅行)
霧島周辺 観光列車「いさぶろう・しんぺい」号(肥薩線の旅行)
隼人・国分・姶良地域 上野原縄文の森(上野原遺跡)
隼人・国分・姶良地域 鹿児島神宮(大隅国一宮)
隼人・国分・姶良地域 霧島市立隼人歴史民俗資料館
隼人・国分・姶良地域・溝辺 高屋山上陵
(日向神話の彦火々出見尊(ヒコホホデミノミコト,別名・火遠理命(ホオリノミコト),山幸彦)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
隼人・国分・姶良地域 龍門滝
隼人・国分・姶良地域 長年寺跡と島津墓地・亀墓
隼人・国分・姶良地域 加治木島津館跡(加治木護国神社)
隼人・国分・姶良地域 蒲生八幡神社
隼人・国分・姶良地域 蒲生の大クス(特別天然記念物)
北薩・中薩 ・ 日置市 さつま湖公園
北薩・中薩 ・ いちき串木野市 薩摩金山蔵
(鉱泉水利用温浴施設,焼酎蔵[焼酎工場]見学,金山跡坑道見学,薩摩料理&焼酎お食事処)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内川花火大会
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 新田神社(薩摩国一宮)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 可愛山陵
(天孫降臨伝説・日向神話の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の陵墓で、神代三山上陵の1つ)
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 泰平寺
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 薩摩国分寺跡史跡公園
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内歴史資料館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内まごころ文学館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内戦国村
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 川内原子力発電所展示館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市街地 きやんせふるさと館
北薩・中薩 ・ 薩摩川内市 藺牟田池(いこいの村いむた池入湯記)
北薩・中薩 ・ 出水市 出水市ツル観察センター
北薩・中薩 ・ 出水市 出水麓武家屋敷群
北薩・中薩 ・ 出水市 出水市出水駅観光特産品館「飛来里」
北薩・中薩 ・ 出水市 日本一のお地蔵様(出水市・八坂神社)
北薩・中薩 ・ さつま町 紫尾神社(紫尾区営温泉「神の湯」入湯記)
大隅半島 ・ 志布志市 大慈寺
屋久島 益救神社(最南端の式内社,旧多禰国一宮)
屋久島 屋久島大社
屋久島 屋久杉自然館(+「縄文杉の写真」,杉の茶屋)
屋久島 ボタニカルリサーチパーク(屋久島有用植物リサーチパーク)+トローキの滝
屋久島 屋久杉ランド(ヤクスギランド)
屋久島 紀元杉
屋久島 白谷雲水峡
横浜 ホテルニューグランド
横浜 横浜伊勢佐木町ワシントンホテル
横浜 横浜ランドマークタワー&横浜ロイヤルパークホテル
湘南・三浦・鎌倉 観音崎京急ホテル・レストラン「浜木綿」(&「SPASSO(スパッソ)」案内)
湘南・三浦・鎌倉 観音崎灯台
北九州,下関他 門司港レトロ地区:全般
北九州,下関他 門司港レトロ地区:旧門司税関
北九州,下関他 門司港レトロ地区:門司港駅
北九州,下関他 門司港レトロ地区:旧門司三井倶楽部
北九州,下関他 門司港レトロ地区:海峡プラザ赤煉瓦ガラス館 & オルゴールミュージアム門司港を含む)
高知の観光 高知城
名古屋の観光 覚王山日泰寺
名古屋の観光 末森城址(末盛城址)&城山八幡宮
長野県の観光 岩松院(福島正則公霊廟)
長野県の観光 諏訪大社上社本宮
長野県の観光 諏訪大社上社前宮
長野県の観光 神長官守矢史料館
長野県の観光 尖石縄文考古館,尖石遺跡,与助尾根遺跡
長野県の観光 御射鹿池(みしゃかいけ)
(東山魁夷の「白い馬」シリーズの名画「緑響く」の取材地)
長野県の観光 横谷渓谷(よこやけいこく)
ここで紹介しきれていない最新の訪問記or体験記はこちらへ





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「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」の温泉・温浴施設の入湯記
温泉,地域 入湯した温泉・温浴施設
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 城山観光ホテル・城山温泉・さつま乃湯(桜島と海が見える露天風呂があります。)
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテル吹上荘
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 温泉ホテル中原別荘
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテル満秀
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) KKR鹿児島敬天閣
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) 錦江高原ホテル
鹿児島市内温泉(ホテル,旅館) ホテルエスポワールタナカ
鹿児島市内温泉(ホテル(兼)立ち寄り湯) 健康プラザ田中温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 芦刈温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 池田温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 一本桜温泉センター(市内西部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 今村温泉(市内中心部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) うちの温泉センター(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) お乃湯(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 温泉錦湯(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) かごっま温泉(天文館最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 春日温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 霧島温泉(天文館最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 花野温泉たぬき湯(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 郡元温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) さつま温泉(天文館最寄り かつ ウォーターフロント・ベイエリア)(注)
(注)残念ながら2007年6月に廃業したとの由です。
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 野天風呂 薩摩いろはの湯(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 慈眼寺温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 寿康温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 城山長寿泉(市内中心部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 新川温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 新とそ温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) ジェルめいわ温泉(旧・めいわ温泉,市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 太陽ヘルスセンター(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 武岡温泉(市内西部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 竹迫温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 中山温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 中村温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 永吉温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 滑川温泉(市電沿線,JR鹿児島駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 南開温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 西田温泉(鹿児島中央駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) はらら温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 真砂温泉(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みずほ温泉(市電沿線)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みやこ温泉(市内北部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みょうばん温泉(鹿児島中央駅最寄り)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) みょうばん温泉まきばの湯(市内南部)
鹿児島市内温泉(立ち寄り湯) 薬師温泉(市内北部)
鹿児島温泉(桜島地域) 国民宿舎レインボー桜島・マグマ温泉
鹿児島温泉(桜島地域) さくらじま白浜温泉センター
鹿児島市・桜島古里温泉 ふるさと観光ホテル
鹿児島市・桜島古里温泉 桜島シーサイドホテル
鹿児島市・桜島古里温泉 さくらじまホテル
鹿児島市内温泉・足湯 ドルフィンポート・足湯
指宿温泉 指宿いわさきホテル
指宿温泉 指宿白水館
指宿温泉 指宿こころの湯(日帰り温泉立ち寄り湯のスーパー銭湯。旅館「指宿こころの宿」も併設されています。)
指宿温泉 二月田温泉殿様湯(指宿温泉でも特に歴史と伝統のある、日帰り温泉立ち寄り湯)
指宿市(旧・山川町地域)・鰻温泉 区営鰻温泉
指宿市(旧・山川町地域)・鰻温泉 うなぎ温泉まつまえ
指宿市(旧・山川町地域)・伏目温泉 山川ヘルシーランド露天風呂(海が見える露天風呂がある日帰り温泉立ち寄り湯)
南薩地域・枕崎市 枕崎なぎさ温泉(海が見える露天風呂がある日帰り温泉立ち寄り湯)
霧島温泉郷 霧島いわさきホテル
霧島温泉郷 霧島国際ホテル
霧島温泉郷 霧島第一ホテル スパヒルズ
霧島温泉郷 硫黄谷温泉霧島ホテル
霧島温泉郷 静流荘
霧島温泉郷 旅行人山荘
霧島温泉郷 前田温泉カジロが湯(日帰り温泉立ち寄り湯)
霧島温泉郷 新湯温泉・霧島新燃荘
霧島温泉(霧島山麓) 野々湯温泉
霧島温泉郷&霧島山系山麓の温泉地 栗野岳温泉南洲館
霧島山系周辺平野部・吉松温泉郷 吉松駅前温泉
新川渓谷温泉郷 塩浸温泉福祉の里(後の「塩浸温泉龍馬公園」)
新川渓谷温泉郷 日の出温泉きのこの里
日当山温泉 日当山温泉・花の湯
国分,隼人,姶良地区・足湯 鹿児島空港天然温泉足湯「おやっとさあ」
国分,隼人,姶良地区 船津温泉
国分,隼人,姶良地区 重富温泉
国分,隼人,姶良地区 蒲生町多目的温泉保養センター「くすの湯」
国分,隼人,姶良地区 龍門滝温泉
北薩・中薩吹上温泉郷 みどり荘
北薩・中薩いちき串木野市 薩摩金山蔵 「杜氏乃湯」  (鉱泉水利用温浴施設)
北薩・中薩川内市街地温泉 川内ホテル・川内温泉センター
北薩・中薩川内市街地温泉 温泉平佐城(平佐城温泉)
北薩・中薩藺牟田温泉 いこいの村いむた池
北薩・中薩紫尾温泉 紫尾区営温泉「神の湯」
屋久島等・屋久島の温泉 屋久島いわさきホテル
屋久島等・屋久島の温泉 JRホテル屋久島
屋久島等・屋久島の温泉 縄文の宿 まんてん
屋久島等・屋久島の温泉 平内海中温泉
屋久島等・屋久島の温泉 湯泊温泉
屋久島等・屋久島の温泉 尾之間温泉
屋久島等・屋久島の温泉 楠川温泉
屋久島等・屋久島の温泉 旧・大浦温泉(大浦の湯)
横浜の温泉 横浜みなとみらい万葉倶楽部
横浜温泉 綱島温泉・綱島ラジウム温泉東京園
横浜温泉 天然温泉みうら湯弘明寺店
横浜温泉 若宮湯
横浜温泉 中島館
横浜の大浴場付きホテル ブリーズベイホテル・リゾート&スパ,&  リゾートカプセル桜木町
東京都の温泉 麻布十番温泉  (注) 残念ながら2008年3月末で廃業しました。
東京都の温泉 東京ドーム天然温泉 Spa LaQua(スパ ラクーア)
川崎温泉 縄文天然温泉 志楽の湯
福岡市内温泉 薬院しろやま乃湯  (注) 残念ながら閉館しました。
福岡市内温泉 萃豊閣ホテル&南福岡グリーンホテル温泉
福岡市内温泉 八百治博多ホテル・八百治の湯
人吉市内の温泉 球磨川ラフティング MAIN STREAM & ビジネスホテル白山山荘 附属温泉
高知の温泉 龍河温泉(香美市)
高知の温泉 物部川ほとりの温泉 夢の温泉(香美市)
高知の温泉 高知黒潮ホテル・黒潮温泉「龍馬の湯」(香南市)
高知の温泉 高知三翠園・高知三翠園温泉水哉閣(高知市)
高知の温泉 スーパーホテル高知・長岡温泉・龍馬の湯(高知市)
高知の温泉 国民宿舎 桂浜荘(高知市桂浜:人工温泉)
札幌市内温泉 JRタワーホテル日航札幌・スカイリゾートスパ「プラウブラン(月の島)」
札幌市内温泉 ホテルモントレエーデルホフ札幌・スパ
大阪市内温泉 スーパーホテルCity大阪天然温泉(なにわ天然温泉「花乃井」)
大阪市内温泉 ホテル阪神「徳次郎の湯」(天然温泉スパ&サウナ)
大阪市内温泉 天然温泉なにわの湯
大阪府・箕面温泉 箕面温泉スパーガーデン
秋田県の温泉 乳頭温泉郷・鶴の湯温泉
長野県の温泉 奥蓼科温泉郷 渋御殿湯
長野県の温泉 明治温泉旅館
長野県の温泉 毒沢鉱泉神乃湯
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全国と鹿児島県の温泉&観光
鹿児島県の温泉&観光
(訪問した所は訪問記(注),訪問未済みの所はリンク集)

(注)100箇所以上に及ぶ、当HPオリジナル・コンテンツ。
地域 温泉案内 観光案内
鹿児島市
(桜島を含む)
鹿児島温泉とは(鹿児島市内温泉とは) 鹿児島市内(含む桜島)観光案内
鹿児島市の温泉(ホテル・旅館,桜島も含む)
鹿児島市の温泉(温泉銭湯[日帰り温泉立ち寄り湯],桜島も含む)
指宿 指宿及びその周辺の温泉 指宿観光案内
南薩 南薩地域の温泉 知覧観光案内
南薩観光案内
霧島 霧島温泉 霧島観光案内
霧島市,姶良
(霧島温泉以外)
妙見温泉など新川渓谷温泉郷 隼人・国分・姶良地域観光案内
日当山温泉&姫城温泉
その他霧島市(旧国分市,旧隼人町),姶良地区の温泉
北薩・中薩 北薩・中薩地域の温泉 北薩・中薩の観光案内
大隅
(霧島以外)
大隅地域の温泉 大隅観光案内
種子島,屋久島,三島村,十島村地区 種子島,屋久島,三島村,十島村の温泉 種子島,屋久島,三島村,十島村の観光案内
奄美諸島 奄美大島,与論島,沖永良部島地区の温泉 奄美大島,与論島,沖永良部島,喜界島,徳之島の観光案内
特集 NHK大河ドラマ「篤姫」の故郷紹介(鹿児島観光案内)(New! 2007年12月)


横浜
(全般,観光

(横浜のホテル)
東京
(全般,観光

(東京のホテル)
川崎
(全般,観光

(川崎のホテル)
横浜温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
東京の温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
川崎温泉
湘南・三浦・鎌倉の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
相模原市,厚木市,相模湖,丹沢,小田急沿線(箱根,東京,川崎以外)の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
札幌市内観光・温泉定山渓温泉も含む)

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
夕張の温泉・観光
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
花巻温泉郷
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
名古屋・愛知県の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
京都市の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
大阪府の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
神戸市の温泉・観光有馬温泉も含む)

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
高知の観光・温泉

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
松山市の観光・温泉道後温泉も含む)

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
北九州&筑豊&豊前&下関の温泉・観光

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
福岡市の観光
(全般,観光

(福岡のホテル)
福岡市及びその近郊の温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
甘木朝倉地域の温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
荒尾・大牟田地域の温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
黒川温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
由布院温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
別府温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
人吉温泉
(温泉宿の宿泊予約ができます。)
その他の地域の温泉・観光(全国各地)

ホテル宿泊予約,  観光案内,  温泉
各地の温泉入湯記 各地の観光訪問記




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長野県茅野市:諏訪大社上社筆頭神官家伝承資料博物館「神長官守矢史料館」の訪問記(神長官守矢史料館の観光案内ガイド)。:観光,案内,諏訪大社,訪問記,観光案内,神長官守矢史料館